山口蛍の『家族』~イケメンの父へ車を!兄の名前?結婚や子供は?

Jリーグ、セレッソ大阪に所属し、日本代表としても活躍する、山口蛍(やまぐちほたる)選手。

今回は、そんな山口選手を育み、支えてくれた『家族』にスポットを当て、ご紹介します。

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◆実家は三重県

山口蛍選手の実家は、三重県名張(なばり)市。

自然に恵まれた穏やかな場所で、山口選手は生まれました。

暗闇でも明るい光を放ち続けられますように…

という両親の願いから、「蛍」と命名。

ちなみに名張市では、夏の山あいの水路で、ゲンジボタルを見ることができるそうです。

◆父親も若い頃はサッカー選手

山口蛍選手のお父さんの名前は、山口憲一さん。

年齢は、今年で48歳になります。

父・憲一さんは元サッカー選手で、若い頃は社会人チームでプレーをしていた本格派。

幼い蛍少年がサッカーを始めるのは、ある意味自然な流れでした。

“端っこでボール蹴っとけ”と言って遊ばせていたのが、蛍が初めてサッカーに触れた時だった。

憲一さんは当時のことを振り返ります。

山口選手は小学3年生の時、地元クラブチーム「箕曲(みのわ)WEST SC」に入団。

若い頃のプレー経験を買われ、父・憲一さんもコーチとして迎え入れられました。

◆母親と離婚…!

しかし、山口選手が小学4年生の時、ショッキングな事件が起こります。

最愛の父と母が離婚をし、お母さんと離れて暮らすこととなったのです。

お父さんは当時のことをこう話しています。

説明したけど、(蛍は)離婚がどういうことか分かっていなかったと思う。徐々に情緒不安定になっていった…

ある日、仕事中だった父のもとに小学校から緊急の電話がかかってきます。

蛍がプールの近くで火を出した!

学校でボヤ騒ぎを起こしたのでした。

当時は絵を描いても、黒とか赤を使うことが多かった。(離婚の)影響が出ていた…

蛍少年は、今にも壊れてしまいそうでした。

◆父親へ車をプレゼント…!

父・憲一さんは、できる限りのことを尽くす決心をします。

サラリーマンとして大阪の会社まで通勤していましたが、息子と過ごす時間を確保するため辞職。

地元でアルバイトを掛け持ちし、朝は新聞配達、昼は息子とボールを蹴り、夜はバーテンダーとして働き生計を立てました。

サッカーの練習を終えると、親子で父が働くバーに向かい、息子は近くに止めたワンボックスカーで寝る時もありました。

決して裕福ではありませんでしたが、家族の危機は、サッカーで強く結び付いた「絆」で乗り越えることができたのです。

2013年、山口選手はお父さんに車をプレゼントしています。

まだまだってか恩返ししても永遠にできないくらい迷惑かけてるけどこれから少しづつ恩返しできたらいいな…

 山口選手から父への恩返しは、これからも続いていきます(^o^)丿

◆兄の名前は?

山口蛍選手にはお兄さんがいて、名前は山口岬さん。

年齢は、山口選手より2歳年上です。

幼い頃は兄・岬さんといつも一緒になって遊び、裏山を駆け回りました。

悪ガキだった。近所でもよく怒られていました。

ある時は、水田に水を供給するための貯水池の栓を勝手に抜き、大騒動を起こしたこともあるそうです(^_^;)

◆家族の写真…イケメン?

ここに、山口蛍選手の家族の写真をご紹介します。

お父さんは「若い」「イケメン」と評判ですが、はたして…?

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《画像左から父・憲一さん、蛍さん、兄・岬さん》

たしかにイケメンですね。

若い頃は、モテて大変だったでしょう(#^.^#)

◆結婚や子供は?

山口蛍選手は、26歳とお年頃ですが、結婚や子供はどうなのでしょうか?

結論としては、現在のところ独身で、子供もいません。

特定のお相手の存在も噂レベルの話で、結婚を考えている女性はいないようですね。

2年後のロシアW杯が終わってからでしょうか?

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◆まとめ

実は、山口蛍選手は一度、サッカーを辞めようとしたことがあります。

中学時代の反抗期、友人と遊ぶことに夢中になり、髪を金色に染め、約2カ月間にわたって練習を休みました。

道を踏み外しそうになった息子に対して、父・憲一さんは辛抱強く接し、最後は兄・岬さんを交え家族会議。

ようやく「戻りたい」とつぶやいた息子の目を見ながら、憲一さんは言いました。

明日から練習に行け。みんな喜んでくれるだろうから。これからはプレーでチームメートに恩返しをしろよ!

ピッチを縦横無尽に駆け回り、味方のミスもカバーする山口選手のプレー。

特徴である献身的なプレーは、この時の父の言葉から生まれたのかもしれません。

《SAMURAI BLUEの家族!》

監督・主将

GK・DF

MF

FW

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