メリー喜多川の『家族』~夫・藤島泰輔との間に授かった愛娘・藤島ジュリー景子

ジャニー喜多川さんとともに、ジャニーズ事務所の一時代を築いた、メリー喜多川さん。

父親は僧侶です!

今回は、そんなメリーさんを支えた家族にスポットを当て、ご紹介します。

名  前:メリー喜多川
本  名:藤島メリー泰子
生年月日:1927年〈昭和2年〉12月26日
没年月日:2021年〈令和3年〉8月14日
出身地 :アメリカ合衆国ロサンゼルス市
スポンサーリンク

◆実家・生い立ち

メリー喜多川さんは、アメリカ・ロサンゼルスで生まれました。

1933年に日本に渡り大阪で暮らしますが、戦争が始まると子供たちだけで和歌山県那智勝浦町に疎開します。

その後、メリーさんは知り合いのつてで大阪松竹少女歌劇団に顔を出すようになり、戦後に劇団が駐留軍で慰問公演を行なう際には、通訳も務めました。

終戦後はロスに戻り、ロサンゼルス・シティー・カレッジで学びます。

1957年に再度帰国し、四谷で「スポット」という名のカウンターバーを経営しますが、ジャニーズ事務所の創業に伴い閉店。

ジャニーズ事務所では、当初、経理を担当しましたが、後に会社経営の全般を取り仕切っています。

◆父親:喜多川諦道

メリー喜多川さんのお父さんの名前は、喜多川諦道(きたがわ・たいどう)さん。[1]

1896年〈明治29年〉に大分県で生まれましたが、8歳で出家し、和歌山県高野山の導師となりました。

自ら「やくざ」とか「遊び人」と称する異色の坊主で、高校時代は甲子園にも出場しています。

27歳の時、真言密教の布教のために世界一周の旅に出発し、ロサンゼルスの高野山真言宗米国別院に到着。

2~3ヶ月助法するつもりでしたが、当時の主監が急に帰国することになったため、父・諦道さんが第三代主監となります。

このため、メリーさんの一家は、米国と深い縁ができたのでした。

日米開戦前、一家は日本に帰国し、お父さんは後にプロ野球チーム「ゴールドスター」のオーナーとなる、橋本三郎氏の下で働くようになります。

野球経験を買われたのでしょう、1946年から1949年までは、プロ野球チーム「金星スターズ」のマネージャーを務めました。

その後、お父さんは橋本氏の親族が経営する心斎橋の煎餅屋「杵萬」に居候するようになり、昭和40年代に逝去されています。

◆母親:喜多川栄子

メリー喜多川さんのお母さんの名前は、喜多川栄子さん。[1]

母・栄子さんは、諦道さんと結婚し大阪にいましたが、諦道さんが渡米したためアメリカへ移住。

1933年、一家で日本に帰国しましたが、翌年、京都で逝去されました。

お母さんが亡くなってからは、メリーさんが2人の弟の母親代わりを務めています。

◆長弟:喜多川真一

メリー喜多川さんの上の弟の名前は、喜多川真一(きたがわ・まさかず)さん。[2]

真一さんは優秀な方で、UCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)を卒業し、航空機メーカー「ノースアメリカン・ロックウェル」のエンジニアとなりました。

朝鮮戦争に徴兵された時は、パラシュート部隊で優秀と認められ、幹部付きの当番兵を務めています。

その後、 NASA関連の仕事を担当し、アポロの設計にも携わりましたが、1985年、くも膜下出血で倒れました。

メリーさんが日本に連れ帰り、大阪の病院に入院させましたが、50代半ばで逝去されています。

◆末弟:ジャニー喜多川

メリー喜多川さんの下の弟は、ジャニー喜多川(きたがわ)さん。

本名は、ジョン・ヒロム・キタガワ、漢字表記は、喜多川 擴(ひろむ)さんです。

ジャニーさんは、1931年〈昭和6年〉10月23日生まれなので、メリーさんより4歳年下ですね。

メリーさんと同様、米ロサンゼルス市で生まれ、戦争中は日本に滞在しますが、その後アメリカに戻り、ロサンゼルス・シティー・カレッジに進みました。

1952年に再来日。

1960年初頭、代々木の占領アメリカ軍宿舎にて、近所の少年たち約30名を集めた少年野球チームを結成します。

チームの名前は「ジャニーズ」✨

この野球チームから、やがてあおい輝彦さんを擁する「初代ジャニーズ」が誕生し、巨大エンタテイメント企業を作り上げて行くのです。

ジャニー喜多川の【家族】~結婚して娘がいる?姉はメリー喜多川、姪は藤島ジュリー景子
一代で、ジャニーズ事務所を作り上げた天才プロデューサー・ジャニー喜多川さん。 元々ジャニーズは野球チームでした! 今回は、そんなジャニーさんを支えた『家族』にスポットを当て、ご紹介します。 名  前:ジャニー喜多川 生年月日:1931年〈昭...

NEXT 夫・藤島泰輔と愛娘・藤島ジュリー景子

コメント

TOPページ(新着記事、人気記事、人気カテゴリー)

タイトルとURLをコピーしました