浅田真央の『家族』~父親には逮捕歴が?母親の死因と姉との確執

フィギュアスケート選手として一時代を築いた、浅田真央(あさだまお)選手。

今回は、そんな真央さんを育み、支えてきた『家族』にスポットを当てご紹介します。

スポンサーリンク
レスポンシブNEO

◆父親には逮捕歴が!?

浅田真央選手のお父さんの名前は、浅田敏治さん。

年齢は、今年(2017年)で58歳になります。

父・敏治さんは若い頃、大阪のクラブでナンバー1のホストでしたが、30歳を前に独立し、ホストクラブや風俗店などを経営していました。

1997年には、経営するランジェリーパブをめぐって、公然わいせつ容疑での逮捕歴もあるそうです。

日本を代表するスケーターの親が水商売という事で、批判の向きもありますが、スケートはとてもお金がかかるスポーツ。

お金を稼ぐことが最優先で、業種を選んでいる状況ではなかったのでしょう。

経営する店は繁盛しましたが、それでも姉妹の育成費を捻出するのは容易ではなく、自宅を担保に、消費者金融からもお金を借りていました。

いつ破産してもおかしくない状況でしたが、真央選手が15歳でGPシリーズを制覇すると、複数のスポンサーがつきました。

そして、お父さんは、ひっそりと夜の商売を離れたのでした。

そんな父・敏治さんですが、

前回のソチ五輪を観戦していたか?

が議論となったことがありました。

それは、真央選手が五輪会場でお父さんと話している様子や、観客席で応援している様子が、一切報じられなかったためです。

ソチ五輪に限らず、父・敏治さんは、メディアに全く登場しません。

水商売出身で、逮捕歴もある自分が表に出れば、2人の娘に迷惑がかかることを考慮しているのでしょう。

ソチの会場にいたのかどうか、真相は分かりませんが、真央選手の活躍を応援していたことは間違いありません。

ちなみに、父親の敏治さんは2015年の5月にも逮捕されています。

交際相手の50代女性に対して、暴力を振るったため、身の危険を感じた女性が警察に通報したのだそうです。

痴話げんかが高じたのかもしれませんが、やはり暴力はいけません(>_<)

◆母親の死因は?

浅田真央選手のお母さんの名前は、浅田匡子(きょうこ)さん。

お父さんとは「ホストと客」として出会い、“できちゃった婚”だったと言われています。

母・匡子さんには

バレエダンサーになりたい

という夢がありましたが、家庭の事情で断念。

お母さんの夢は娘に託され、真央選手は3歳のころからバレエ教室に通いました。

実は、フィギュアスケートを始めたのは、バレエ技術向上のため足首を鍛えることが目的でした。

しかし、真央選手はスケートで頭角を現し、小3で全日本スケートの新人発掘合宿に招集されます。

この子を金メダリストに育てる

 お母さんも腹をくくり、バレエを辞めさせ、真央選手の本格的なスケート人生が始まったのでした。

真央選手が初出場を決めた2010年のバンクーバー五輪までは、いつも側にいたお母さん。

しかし、その頃から疲れが見え始め、体調が悪化していきます。

2011年に入り、病院で受けた診断は「肝硬変(かんこうへん)」。

医師からは

肝臓移植をしなければ、次のオリンピックまで生きていられないかもしれない

と告げられます。

娘の肝臓を移植するのがベストでしたが、

大事な娘の体にメスは入れられない

とお母さんは拒否します。

そして2011年12月、お母さんの体調は急変。

真央選手はカナダのGPファイナルを欠場して帰国しましたが、匡子さんの最期には間に合いませんでした。

死因はやはり肝硬変。

享年48歳でした。

◆姉・舞さんとは確執が…

浅田真央選手のお姉さんは、ご存知、浅田舞さん。

1988年7月17日生まれで、今年(2017年)で29歳なので、真央選手より2歳年上となります。

真央選手同様、幼い頃からスケートを始め、トップレベルの選手となりますが、天才である妹には叶いません。

一緒に競技をしているのに、(真央が)グググッて有名になってきて、精神的に傷ついちゃった…

姉妹の間には確執が生まれ、口もきかず、険悪な時期があったそうです。

しかし、ある時期、姉妹は「このままじゃいけない」と、じっくりと話し合いました。

これがきっかけで、姉妹の確執は解消され、今ではすっかり仲良しに戻ったとのこと。

そのことを裏付ける画像をご紹介します。

 151106_浅田真央の家族

佐藤製薬の「ストナシリーズ」のCMに、姉妹で共演した時の写真です。

CMの演出と言えばそれまでですが、2人とも良い表情をしていて、とても確執が合ったようには見えません。

姉妹の信頼関係が滲みだしていますね(*^_^*)

◆まとめ

浅田真央選手は、母・匡子さんの葬儀の翌日から練習を再開し、短期間の調整で全日本選手権に挑みます。

試合前にはうわの空のような姿を見せ、「ショックで演技は大丈夫か?」と心配されましたが、結果は2年ぶり5度目の優勝。

真央選手は、インタビューでこう語りました。

(ママが)一番近くにいる感じがした。(優勝を)報告しなくても分かっていると思います 

一番きれいな色のメダルはきっと、遠い空からでも分かりやすかったことでしょう・*:.。. .。.:*・゚゚・

スポンサーリンク
レスポンシブNEO
レスポンシブNEO
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です