吉田麻也の『家族』~お嫁さんの名前は横田典子さん?2人目の子供?

プレミアリーグ・サウサンプトンFCに所属し、日本代表にも名を連ねる、吉田麻也(よしだ・まや)選手。

今回は、そんな吉田選手を取り巻く『家族』にスポットを当て、ご紹介します。

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◆お嫁さんの名前は横田典子さん?

2012年9月26日、吉田麻也選手は、自身のブログで一般女性との結婚を報告しました。

お嫁さんは、愛知・豊田市生まれの一般女性。

年齢は、吉田選手より1歳年上です。

関係者によると、目鼻立ちのはっきりとした小柄な美人で、周囲に気配りのできる明るい女性だそうです。

2人のなれそめは、吉田選手が19歳くらいで自動車教習所に通った時の事。

当時大学生だったお嫁さんが教習所でアルバイトをしており、毎日のように顔を合わせるうちに、吉田選手から声をかけたのだそうです。

プロポーズの言葉は、

一緒に時を刻もう…

実は、プロポーズは日本代表の内田篤人選手がプロデュースしており、プロポーズの瞬間、内田選手は茂みに隠れていたのだそうです(^_^;)

しかし、お嫁さんはビックリして、なかなかプロポーズの返事をしてくれなかったのだとか(>_<)

シビレを切らした吉田選手が、

(結婚を)するのしないの?

と聞いたら、ようやく

 するー♡

と答えてくれました。

無事にプロポーズを見届けた内田Pは茂みから登場し、

 今の心境は?

とインタビューを開始。

この時の映像は、披露宴で流されたそうです。

ちなみに、吉田選手のお嫁さんのことを調べると「横田典子」さんという名前が浮上。

横田さんは長崎市立仁田小学校の同級生で、「吉田麻也後援会」の会長の娘ですが、お嫁さんではありません。

現在、横田さんは結婚して、「尾崎」さんという名前に変わっているようです。

◆2人目の子供が…?

2016年12月16日、吉田麻也選手は、第一子となる女児が誕生した事を公表しました。

子供が生まれたのは11月末ということなので、今年(2017年)の誕生日でようやく1歳ですね。

ネットでは「2人目」というキーワードが浮上しますが、可能性はゼロではないものの、噂の域を出ない情報でしょう。

◆実家は長崎で下宿を経営

吉田麻也選手は、長崎県長崎市の出身。

離島が多い長崎県にあって、実家は離島から高校に通えない子供たちのための下宿を経営しています。

吉田家のルールは、友人宅への外泊禁止。

しかし、友達を家に泊めるのはOKであったため、兄たちの友人を含め、実家にはいろいろな人が集まるようになっていました。

吉田選手の両親は、子供にキムチ鍋などを振る舞い、進路相談にも乗るという

みんなの父ちゃん、母ちゃん

的な存在だったそうです。

さらには、吉田選手が所属したサッカーチーム「南陵FC」に携わる大人たちも訪れ、多い日は20人近くであふれる、賑やかな環境で育っています。

◆父親のビデオ

吉田麻也選手の父親の名前は、吉田有(あり)さん。

父・有さんは中学・高校でサッカーをやっていましたが、

子どもの指導はコーチに任せるべき。親は一切、口を出すな

という哲学をもっていました。

このため、吉田選手から見た印象は、

父親はビデオを撮ってるイメージしかない

というもの。

吉田家では、家に帰ってそのビデオを家族で見るのが習慣となり、吉田選手はプロとなった今でも、試合の映像を毎回チェックしています。

自分のプレーやチーム全体を客観視できるようになったのは、父親のビデオのおかげでもあったのですね。

◆母親のエピソード

吉田麻也選手の母親の名前は、昭子さん。

長崎の小学生だった吉田選手が、名古屋のジュニアユースのセレクションを知ったのは兄からの情報ですが、普通は気軽に応募できる距離感ではありません。

それが実現したのは、たまたま母・昭子さんの姪っ子が生まれたばかりで、名古屋に出かける用事があったからです。

いわば名古屋のセレクションは、

じゃあ、ついでに行こうか?

と言うノリで、本人も半分は旅行気分でした。

しかし、70人の中から選ばれてしまった吉田選手は、親元を離れて名古屋グランパスのジュニアユースへ入団することになります。

生活に必要な家具や電化製品など一式を、母親と買いに出かけた吉田少年。

母親といろいろ買い揃えていく中で、子供ながらにその金額が目に飛び込んできました。

ああ、中途半端にサッカーを諦めて、帰るわけにはいかない。ここで絶対にプロにならないといけないな…

と、その時に思ったのだとか。

ちなみに、吉田選手は身長189cmあり、兄たちも180cmを超えていますが、両親はそれほど大柄ではありません。

きっと、お母さんの食事が良かったのですね(^_-)

◆兄弟の名前は?

吉田麻也選手には2人のお兄さんがいます。

長兄の名前は、吉田穂波(ほなみ)さん。

7歳年上の穂波さんは、サッカーをしており、ポジションはGKでした。

吉田少年の練習にもよく付き合ってくれた穂波さんは、

しっかりと顔を上げて視野を確保しながら正確に止めて蹴ることの重要性

を小さな弟に叩き込みました。

麻也は結構左足でも蹴れますし、視野も広い。今考えると、あの坂道の練習はすごくプラスになってるのかなと思いますね

と、当時を振り返ります。

吉田選手がプロ入りするきっかけを作ったのも、長兄の穂波さん。

当時、博多で浪人生活を送っていた穂波さんは、インターネットカフェで大学検索を終えたあと、Jリーグ下部組織のセレクション情報をふと目にします。

ジュニアユースのセレクションがあるのは名古屋U-15とガンバ大阪ジュニアユースだけ。

名古屋なら親戚がいるな

と考えた穂波さんは、店のスタッフに頼んでこのページをプリントアウトし、

「吉田麻也様」

と宛名を書いた郵便を、実家宛てに送りました。

吉田選手が名古屋グランパスへ行くことになると、穂波さんも一緒に引っ越し、豊田市内のアパートで同居。

食事など、中学生だった吉田選手の生活の面倒を見てくれました。

吉田選手が、

今でも頭が上がらない

と感謝する穂波さんは、今では少年サッカーの指導に携わっているそうです。

◆次兄

吉田麻也選手の2番目のお兄さんは吉田美礼(みれい)さん。

穂波、美礼、麻也…

三姉妹でも十分通用するお名前ですね(#^.^#)

年齢は、吉田選手より6歳年上です。

次兄・未礼さんは、東京の専門学校を出ているそうです。

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◆まとめ

吉田麻也選手の名前は、

世界でも通用する名前をつけたい

と願い、呼びやすい『マヤ』という音となりました。

それに、

“麻”のように揉まれれば揉まれるほど強い男になってほしい

という思いが加えられ、「麻也」という名前に。

名前のとおり世界で活躍し、チームを引っ張る吉田選手の活躍を、日本中が応援しています(^o^)丿

《SAMURAI BLUEの家族!》

監督・主将

GK・DF

MF

FW

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