山口那津男の『家族』~息子2人と娘と妻。父・母の背中から学んだ心

参議院議員で公明党代表を務める、山口那津男(やまぐち・なつお)さん。

今回は、そんな山口代表を取り巻く『家族』にスポットを当て、ご紹介します。

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◆息子2人と娘

山口那津男代表のプロフィールを見ると、

“家族は妻と1女2男”

とされています。

娘さんが1人、息子さんが2人いる事になるのですが、その詳細は明かされていません。

公明党代表の家族という事で、危険な事態も考えられるので、セキュリティに気を使っているのでしょう。

山口代表は1952年7月12日生まれで、今年(2017年)で65歳なので、息子さんたちは30代くらいでしょうか。

そういえば山口那津男代表は、浅田真央選手の引退について、

“世界の晴れの舞台で真央ちゃんの舞う姿がみられないと思うと、非常に残念。国民を勇気づけ、明るさを提供してくれたことに心から感謝をしたい”

とコメントしたことがありました。

山口代表が政治以外で発言するのは珍しいこと。

年齢的にも娘世代に近い真央さんに、シンパシーを感じたのかもしれませんね。

◆妻は政治家が嫌い?

山口那津男代表は、妻との婚約中に、

“まさか政治家にはならないですよね”

と、冗談めかして言われたことがありました。

奥さんは「政治家」に対する印象があまりよくなかったのです。

当時は弁護士として活動し、政治家になるつもりがなかった山口代表は、即座に否定したことでしょう。

政治家に転身するとき、奥さんに何と言って説得したのかは、定かではありません (^_^;)

◆父親の職業は?

山口那津男代表の父親の名前は、山口秀男さん。

秀男さんは、1922年に千葉県富津市生まれています。

父・秀男さんの職業は気象庁の技術官で、後に茨城県日立市にできた天気相談所の初代所長として、天気予報をはじめ、環境保全の仕事をしていました。

鉱工業が盛んな日立市と、公害問題は切っても切り離せない関係でしたが、秀男さんは公害問題の解決にも全力を尽くします。

セメント工場がはき出す粉塵が、周辺住民の屋根に積もり、ツララのようにこびりつくような事態になったこともありました。

この時、父・秀男さんは市を代表して防止策を企業に訴え、住民のために補償の斡旋も行ったそうです。

立場の弱い住民の側に立ち、企業と戦う父の姿を、山口代表は今も尊敬し、誇りに思っています。

山口代表が弁護士や政治家を志したのも、父親の影響が大きかったのですね。

◆母親の名前は?

山口那津男代表の母親の名前は、政子さん。

1926年生まれで、父と同じ富津市の出身です。

母・政子さんは小学校の教員をしていましたが、結婚を機に専業主婦となりました。

やがて子育てが一段落すると、再び教職に戻り、病院内にある院内学級の担任になります。

政子さんは仕事を終えて帰宅すると、生きることに敏感な児童たちがうれしそうに学ぶ姿を話していたそうです。

山口代表は、

“他者を思いやる心”
“人のために尽くすこと”

を、両親の背中から学んでいます。

◆兄弟はいる?

山口那津男代表には、妹さんが1人いるようです。

◆まとめ

山口那津男代表の名前は、「夏」に生まれたことと、出生地・那珂湊(なかみなと)町の「那」にもとづき名付けられました。

「男」の字はお父さんから受け継いでいるようですね。

これからも家族の応援を胸に、山口代表の挑戦は続いていきます(^o^)丿

◇編集後記

山口那津男代表のニックネームは“なっちゃん”。

“なっちゃん”は、公明党の婦人部から絶大な人気を誇るのだとか。

こんな本も出されています。

【中古】 なっちゃんの挑戦 元気な東京 元気な日本 /山口那津男(著者) 【中古】afb

中身はマジメな政策に関するお話です(^_-)

《党首たちの横顔…》

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