坂上忍の『家族』②~母の出身地は山形?若い頃歌舞伎町へ出店?

前回に引き続き、坂上忍さんの『家族』にスポットを当て、坂上さんの人気の秘密に迫りたいと思います。

《前回の記事はこちら》
坂上忍の『家族』①~絶縁した父は小説家?墓前に捧ぐ現在の心境

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◆母の出身地は山形?

坂上忍さんの母・淳子さんは、現在74歳。

山形市で生まれた淳子さんは、19歳で上京して新聞社の事務員となり、そこでお父さんと出会って結婚しました。

《この方も山形の出身です》
佐々木則夫の家族~娘の手紙?妻は重病?父と母の教えとは?

2人の息子を授かり、幸せな生活を送ったのもつかの間、お父さんが事業に失敗して、運命の歯車が狂いだします。

お父さんは酒におぼれ、ギャンブルに狂い、家族に暴言を吐くどころか、お母さんに暴力を振るいだしました。

荒れ狂うお父さんをどうすることもできず、夫婦は離婚。

しかし、事業失敗とギャンブルで作った1億円の借金は、失踪した父に代わり、お母さんの双肩にのしかかります。

150923_坂上忍の母・画像
(出典・スポニチアネックス

◆若い頃歌舞伎町へ出店?

お母さんは、39歳の時、歌舞伎町で「ザ・テレビジョン」というスナックをオープンしますが、それだけでは借金に追いつきません。

このころ、坂上忍さんは既に有名俳優となっており、息子に頼る選択肢もあったと思いますが、お母さんは猛烈に働きました。

スナックを明け方に終えると、朝5時には家政婦のバイトへ向かい、午後にはスーパーのパートをし、夜はまたスナックに。

一体、いつ休んでいたのでしょうか?

こうした努力もあり、坂上さんが26歳の時、借金は完済することができました。

◆父を愛し続けた母

坂上忍さんのお母さんは、お父さんにひどい目にあわされたと言えますが、お父さんのことを恨んでいません。

離婚した後も愛情を込めて「パパ」と呼び、頻繁に連絡を取っていたそうです。

「嫌いで別れたわけじゃない」とも、お母さんは言います。

母は、寝る時間を削り働いて、子供たちを守っただけではなく、父を愛し続けることで、息子たちが大好きだった父も守り通したのでした。

◆まとめ

坂上忍さんの母・敦子さんは、坂上さんの性格について、次のように話しています。

「忍の毒舌は私に似たのかも。ギャンブルばっかりで破天荒なところはパパ。両親の悪いところばっかり似ちゃって」

しかし、大きな事務所に所属せず、小さな事務所で孤軍奮闘する独立心は、お父さんから受け継いだものでしょう。

そして、我慢強く、ブレない気質は、「母から受け継いだ」と、坂上さん自身が話しています。

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