渡瀬恒彦の『家族』~妻、息子、娘…渡哲也と兄弟で歩んだ俳優人生

2017年3月14日、俳優の渡瀬恒彦(わたせつねひこ)さんが、多臓器不全のために亡くなりました。

今回は、渡瀬さんの家族を振り返り、在りし日の姿を偲びたいと思います。

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◆父親の職業は?

渡瀬恒彦さんのお父さんは、兵庫県淡路島の出身。

職業は日立製作所に勤めており、島根県にある日立製作所安来工場に勤務している時に、渡瀬さんが生まれています。

戦争が終わると、お父さんは淡路島に戻り、洋品店を経営しながら家族を養いました。

お父さんは頑固一徹な厳しい方で、渡瀬さんはしょっちゅうビンタされていたそうです。

◆母親は優しい方

渡瀬恒彦さんのお母さんは、とても綺麗で品格がある方でした。

厳しいお父さんと対象的で、

優しさの権現のような人

だったのだとか。

そのため、お父さんは嫌われ役で、お母さんは皆んなに好かれていました。

夫婦でバランスをとっていたのでしょう。

◆渡哲也と兄弟で歩んだ俳優人生

渡瀬恒彦さんのお兄さんは、俳優の渡哲也さん。

年齢は、渡瀬さんより3歳年上です。

兄弟で名字が異なりますが、哲也さんは芸名で、本名は渡瀬道彦さんとおっしゃるのだそうです。

渡哲也さんは、淡路島の中学を卒業した後、高校は兵庫県の三田学園に進みますが、学生時代は相当のワルでした。

真っ赤なシャツを着てタバコをふかし、夜はスタンドバーへ通い、学校は停学。

見かねたお父さんは、哲也さんに長文の手紙を書きます。

そこには、

「学校の名誉を傷つけるから、修学旅行には行かせない」
「先生を襲撃するかもしれないから、卒業式には出席させない」
「これからは、弟の恒彦を頼りに生きていく」

と書かれていたそうです(^^;)

しかし、これを見た哲也さんは改心して勉強し、大学は青山学院大へ進学しています。

青学在学中に、日活の新人オーディションに、渡瀬さんが哲也さんの名前で勝手に応募して大激怒しますが、

撮影所に行けば、石原裕次郎に会えるかもしれない…!

と思い直し、撮影所を訪問。

その時にスカウトを受けて、俳優としての人生が始まりました。

ヒット作「大都会」や「西部警察」での好演は、今更説明する必要もないでしょう。
1987年に石原裕次郎さんが亡くなった後は、石原プロの社長も務めています。

◆元妻は大原麗子さん

渡瀬恒彦さんは、1973年9月に、女優の大原麗子さんと結婚しました。

東京・成城に新居を構え、順調に見えたビッグカップルでしたが、5年後の1978年2月に離婚しています。

愛し合っていた2人が別れなければならなくたった理由は、

女性は家庭に入って夫を支え、子供を育てる

という渡瀬家の家風に、麗子さんが馴染めなかったこと。

皮肉にも麗子さんは、結婚した後にますます人気が出てしまい、仕事ですれ違う日々が続いてしまったのでした。

◆現在の妻

渡瀬恒彦さんは、大原麗子さんと離婚した翌年の1979年に、一般人女性と再婚しています。

現在の奥様のお名前は「い保(いほ)」さん。

一般人という事で、メディアで報じられることはありませんでしたが、渡瀬さんの葬儀では喪主を務められています。

◆息子さんはTBSのディレクター

渡瀬恒彦さんには息子さんがいて、名前は渡瀬暁彦さん。

1980年生まれなので、今年(2017年)で37歳になります。

暁彦さんはTBSに務めており、ドラマ制作を担当。

TBS開局60周年記念ドラマ「南極大陸」の制作にも携わっており、渡瀬さんとの「親子共演」が実現しています。

◆娘はブライダル関係

渡瀬恒彦さんには娘もいて、名前は舞子さん。

1981年生まれなので、今年(2017年)で36歳になります。

舞子さんは、ブライダル関係の「レバノーゼ」という企業に勤めており、人材開発部長を務めています。

◆まとめ

これまで見てきた通り、渡瀬恒彦さんの俳優人生の傍らには、偉大な兄、そして温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。

俳優界は、稀代の名優を失いましたが、その作品はこれからも語り継がれていく事でしょう。

ご冥福をお祈り申し上げます。

《蜉蝣のカゾク特選記事!》

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