遙洋子の『家族』~実家の父親の職業は?母親・兄弟のエピソード

作家でタレントの遙洋子さんが、歯に衣着せぬ発言で注目を集めています。

今回は、そんな遙さんを取り巻く『家族』にスポットを当て、ご紹介します。

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◆実家の父親の職業は?

遙洋子さんのお父さんは、明治44年の生まれ。

実家は牧場を経営していて、牧場の場所は枚方の方にあるそうです。

牧場経営は順調でしたが、お父さんの私生活は、飲んで・暴れて・浮気して、「男三昧」にみんなに迷惑をかけるものでした。

そんなお父さんでしたが、遙さんがテレビやラジオで活躍し始めたころ、認知症の症状が現れてきます。

認知症のお父さんの暴言によって、遙さんの結婚が破談となったこともありました。

その後、お父さんは脳梗塞で倒れ、言葉を失い、寝たきりとなったお父さんの介護が始まります。

家族で分担して介護しますが、排せつの尊厳の問題など、とても満足な介護はできませんでした。

1992年、お父さんが逝去されます。

お父さんが骨になった姿を見て思う事は、介護は成功とはいえないけれども、「いい人生だったね」と思えるような人生の残り香があったことです。

晩年の数年間の至らない介護なんて、父が人生を生ききったことに比べると、たいした失敗じゃないと思えたのだそうです。

151129_遙洋子の家族

◆母親のエピソード

遙洋子さんのお母さんは、いわゆる「昔の女」タイプ。

お父さんの好き勝手な振る舞いにも「辛抱辛抱」、自分の人生を後回しにして、家族に尽くす女性でした。

お母さんは、娘の遙さんにも家事を手伝うことを求めましたが、中1の時、バカバカしくなった遙さんは手伝いをやめてしまいます。

するとお母さんは、担任の教師に「うちの子、家事を手伝わないんです」と訴え、遙さんは教師から「女なのに、なんで手伝わないんだ」と叱られてしまいました。

この頃から遙さんは、女性と社会の在り方について、考えるようになったのだそうです。

お父さんが亡くなった後、お母さんも寝たきりになってしまい、お母さんの介護が始まりました。

遙さんは、この頃は仕事が落ち着いており、十分、お母さんに寄り添う事ができました。

しかし、寄り添ったぶん心が楽になるかと思ったら、寄り添えなかったお父さんの時の方が、心が楽だったといいます。

お母さんは、じっと我慢を重ねた人生だったので、人生を楽しく生きた残像を残せなかったと感じたのでした。

◆兄弟はいる?

遙洋子さんは、6人兄弟の末っ子で、お兄さんが5人いらっしゃいます。

お父さんの介護の時は、年老いた母に代わり、兄弟が順番に付添婦さんを交えて介護をこなしました。

現在も、法事や帰省などの時に兄弟でやりとりをする光景が、ブログで紹介されています。

◆まとめ

これまで見てきた通り、遙洋子さんの活躍の陰には、辛苦を共にした家族の姿がありました。

これからも辛口のコメントで、女性の活躍の後押しをしてくれることを期待しています!

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