俳優として長年にわたり活躍してきた、草刈正雄さん。
185cmの長身と端正な顔立ちで、若い頃から「二枚目俳優」の代表格として知られてきました。
近年はNHK大河ドラマ『真田丸』で真田昌幸を演じるなど、円熟した演技でも存在感を放っています。
今回は、そんな草刈正雄さんを取り巻く『家族』の物語です。
生年月日:1952年〈昭和27年〉9月5日
身 長:185cm
血液型 :O型
出身地 :福岡県
◆家族構成・家系図
草刈正雄さんの実家の家族構成は、母親と本人の2人家族です。
自身は1988年に結婚し、3人の子供がいます。

◆母親はスエ子さん
草刈正雄さんは、福岡県京築地域で生まれました。
幼い頃から母・スエ子さんと2人で暮らす母子家庭でした。
正雄さんによれば、母親は非常に気の強い女性だったそうです。
父親がいなかったため、母が「父親役」まで背負っていたのでしょう。
正雄さんが子供の頃に悪さをすると、スエ子さんは野球のバットを持って追いかけてくることもありました。
近所で悪さをして、
親か警察か先生、どれを呼ぶか
と聞かれたときには、

おふくろだけはやめてください
と懇願したほどだったといいます。
一方で、正雄さん自身も、幼い頃から母の苦労を感じ取っていたのでしょう。
中学生になると、新聞配達をして家計を助けようとしたこともありました。
厳しい母でしたが、その厳しさの根底にあったのは、ひとり息子を立派に育てたいという思いだったのかもしれません。
そして、スエ子さんが正雄さんに残した人生の謎が、後に大きな家族の物語へとつながっていきます。
◆父親はアメリカ軍人
草刈正雄さんの父親は、アメリカ軍人のロバート・H・トーラーさんです。
しかし正雄さんは、長い間、父親について詳しく知りませんでした。
母・スエ子さんから聞かされていたのは、
父親は朝鮮戦争で亡くなった
という話でした。
そのため正雄さんは、父親はすでに亡くなっているものだと信じて育ちます。
ところが、中学生の頃、伯父から、
お前の親父は生きてるぞ
と告げられたといいます。
その一言は、少年だった正雄さんの胸に大きく残りました。
その後、NHKの『ファミリーヒストリー』で父親のルーツを調査することになり、驚くべき事実が判明します。
父・ロバートさんは朝鮮戦争後も生きていたのです。
ロバートさんはアメリカ空軍の軍人として日本に滞在し、福岡県の築城基地に配属されていました。
その後アメリカへ戻り、2013年に83歳で亡くなっていたことが分かりました。
つまり、正雄さんが「亡くなった」と信じていた父親は、実は83歳まで生きていたのです。
◆父親の家族と初めて対面
2023年に放送された『ファミリーヒストリー』をきっかけに、正雄さんはアメリカにいる父親の親族と対面することになります。
そこで出会ったのが、父の姉・ジャニタさんら親族でした。
初対面のとき、ジャニタさんから、
私を許してくれるの?
と声をかけられた正雄さん。
それまで心の中にあった複雑な思いが、

何となくスーッと気持ちが楽になった
と振り返っています。
長い間、知らされることのなかった父親の人生。
そして、父親の家族との出会い。
70歳を過ぎてから、自分のルーツに触れることになったのです。
◆妻は大塚悦子さん
草刈正雄さんの妻は、元モデルの大塚悦子(おおつか・えつこ)さん。
1952年〈昭和27年〉9月18日生まれなので、草刈さんと同い年となります。
悦子さんは、正雄さんと同じく芸能界で活動しており、1977年のテレビドラマ『華麗なる刑事』で共演。
その後、長い交際を経て結婚しています。
現在、悦子さんは夫・正雄さんの芸能活動を支える存在でもあります。
同じ1952年9月生まれの2人。
若い頃から芸能界で活躍してきた2人は、長い年月を夫婦として歩んできました。
◆長女は紅蘭
草刈正雄さんの長女は、タレントとして活動する紅蘭(くらん)さん。
1989年〈平成元年〉8月30日生まれとなります。
東京都出身で、芸能活動のほか、パーソナルトレーナーとしても活動しています。
2017年には親子でイベントに出演。
紅蘭さんは、
いつも支えてくれてありがとうございます
と父親に感謝を伝え、メッセージを贈られた正雄さんは、

ちょっと、うるっと来ました
と感激していました。
◆長男は草刈雄士さん
草刈正雄さんの長男は、ミュージシャンとして活動していた草刈雄士(くさかり・ゆうし)さん。
1991年〈平成3年〉3月20日生まれとなります。
「YUSHI」などの名義で音楽活動を行い、「ズットズレテルズ」や「KANDYTOWN」などで活動していました。
しかし2015年2月14日、雄士さんは23歳という若さで亡くなります。
原因は、転落死。
転落時にベランダの手すりにしがみつこうとした形跡があったため、自殺ではなく事故によるものと考えられています。
突然の息子との別れ。
その悲しみは、父・正雄さんにとってあまりにも大きなものでした。

なんで死んだんだぁ!
草刈さんは事故現場で絶叫していたと言います。
◆次女は草刈麻有
次女は女優として活動する草刈麻有(くさかり・まゆう)さん。
1993年〈平成5年〉4月20日生まれとなります。
父親と同じ芸能界で活動し、2007年公開の映画『0093 女王陛下の草刈正雄』では、父・正雄さんと親子共演も果たしました。
麻有さんは幼い頃から父親の仕事現場に連れられていたことが、芸能界を目指すきっかけの一つになったそうです。
一方で、いざ「女優になりたい」と父親に伝えたとき、正雄さんは大反対。
娘を芸能界に送り出す父親としての心配があったのでしょう。
それでも麻有さんは女優への道を進みました。
2022年にはNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』で、父親との親子共演が話題になっています。
◆孫娘にはデレデレのおじいちゃん
紅蘭さんには2018年に女児が誕生しています。
初孫の誕生に、正雄さんは大喜び。
紅蘭さんによると、退院した娘を迎えたときには、正雄さんは号泣しながらハグし、

よく頑張った
と声をかけたそうです。
孫に会うたびに、

完璧だ。素晴らしい
と大絶賛。
かつて子供たちを厳しく叱ったという父親も、孫の前ではすっかり「デレデレのおじいちゃん」になっていました。
◆エピローグ
草刈正雄さんの家族の物語をたどると、ひとつの人生の中に、さまざまな「別れ」と「再会」があったことに気づきます。
幼い頃に父親を失ったと思い、母・スエ子さんに厳しく育てられた少年時代。
やがてモデルとして成功し、俳優となり、妻・大塚悦子さんとの家庭を築きました。
3人の子供にも恵まれましたが、長男・雄士さんとの突然の別れも経験しています。
そして70歳を過ぎ、「亡くなった」と聞かされていた父親が、実は生きていたという事実を知りました。
アメリカへ渡り、父親の姉や親族と対面した正雄さん。
そこで聞いたのは、自分が生まれるまでにあった、父と母の物語でした。

長く生きてるといろいろあるんですね…
初めて知る世界に触れ、しみじみ語る草刈さん。
70代になった今も、俳優として第一線に立ち続けています。
その穏やかな笑顔の奥には、家族とともに歩んできた、長く深い人生の物語が刻まれているのでした。
◇出典
- ORICON NEWS「草刈正雄のプロフィール」
- ORICON NEWS「草刈正雄、娘・紅蘭から感謝のメッセージ」
- ORICON NEWS「紅蘭が明かす父・草刈正雄の素顔」
- ORICON NEWS「草刈正雄の次女・草刈麻有、“両親&姉&亡き兄”が写った家族写真」
- スポニチアネックス「草刈正雄 番組調査で米兵父と“再会”も…」
- 日刊スポーツ「草刈正雄『戦争で亡くなった』と聞いた元米兵の父…」
- 文春オンライン「『親父は朝鮮戦争で死んだ』はずが…」
- テレビ朝日「テレ朝POST」
- 朝日新聞出版「さんぽ」
- NHK『ファミリーヒストリー』



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