バレーボール選手として活躍する、西田有志さん。

バレーボール界屈指の美容男子です!
今回は、そんな西田さんを取り巻く『家族』の物語です。
生年月日:2000年〈平成12年〉1月30日
身 長:186cm
出 身:三重県いなべ市
ポジション:オポジット
◆家系図・家族構成

西田有志さんの実家の家族構成は、父親、母親、姉、兄、本人の5人家族です。
父親は西田徳美(にしだ・とくみ)さん、母親は西田美保(にしだ・みほ)さん。
そして8歳上の姉・西田早希(にしだ・さき)さん、6歳上の兄・西田圭吾(にしだ・けいご)さんがいます。
兄と姉はいずれもバレーボール経験者で、3人兄弟の末っ子だった有志さんも、自然な流れでバレーボールの世界へ入っていきました。
現在の西田さんは、元バレーボール女子日本代表の古賀紗理那(こが・さりな)さんと結婚しています。
2人は2022年12月31日に結婚を発表。
古賀さんは1996年〈平成8年〉5月21日生まれで、2024年のパリ五輪を最後に現役を引退しました。
さらに2025年12月には、第1子の誕生を報告。
子供の名前や性別は公表されていません。
◆実家・生い立ち
西田有志さんは、2000年1月30日、三重県いなべ市で生まれました。
現在のいなべ市大安町にあたる地域で育ち、幼い頃から兄や姉の背中を追いかけるようにスポーツに親しんでいます。
西田さんが生まれた時、すでに姉と兄はバレーボールを始めていました。
そして有志さん自身も、生後5か月の頃には、母・美保さんに連れられてバレーボールに触れています。
5歳になると、大安バレーボールスポーツ少年団に入団。
本人は後に、

バレーボールをすることが普通という感じで保育園年長のころから自然と始めました
と振り返っています。
「バレーを始めた」というより、家族の暮らしの中に、最初からバレーボールがあった。
それが西田さんの原点だったのかもしれません。
◆父親:西田徳美さん
西田有志さんの父親は、西田徳美(にしだ・とくみ)さんです。
徳美さんは母・美保さんとともに、かつて実業団のバスケットボール選手としてプレーしていました。
つまり西田家は、両親がバスケットボール、子供たちがバレーボールという、まさにスポーツ一家だったのです。
ただし、父親は息子に対して、必要以上に口を出すタイプではありませんでした。
Number Webの取材では、徳美さんは多くを語らない一方、息子の活躍に触れると顔をほころばせる姿が紹介されています。
また、徳美さんは有志さんが小学生の頃から出場した大会などの記録をスマートフォンに残していました。
表舞台で大きな声援を送る父親ではない。
それでも、息子の歩んできた道を、一つひとつ記録していたのです。
◆母親:西田美保さん
西田有志さんの母親の名前は、西田美保(にしだ・みほ)さん。
美保さんも徳美さんと同じく、実業団のバスケットボール選手でした。
3人の子供を育てながら、有志さんのバレーボールを支え続けた母親です。
有志さんは幼い頃、かなりの「ヤンチャ坊主」だったそうです。
夏休みの宿題をやらなかったり、食べるなと言われたものを勝手に食べたり。
母親からすれば、手のかかる子供でした。
ところが、バレーボールだけは違いました。
練習をさぼらない。
ボールを追いかける。
大人になってからも、バレーボールに関してだけは異常なほど一生懸命だったと、美保さんは振り返っています。
そんな母親の言葉は、実に豪快です。
東京五輪の日本代表に選ばれた時には、
全員つぶしてこい
と息子を送り出しました。
厳しい言葉の奥には、誰よりも息子を信じる母親の愛情がありました。
◆姉・西田早希さん
西田有志さんには、8歳上の姉、西田早希(にしだ・さき)さんがいます。
早希さんはバレーボール経験者です。
幼い有志さんにとって、姉はバレーボールの大先輩でした。
両親はバスケットボール、姉と兄はバレーボール。
そんな環境の中で育った末っ子が、やがて日本代表のユニフォームを着ることになります。
西田さんが「家族の影響でバレーボールを始めた」と語る背景には、こうした家庭環境がありました。
◆兄・西田圭吾さん
西田有志さんには、6歳上の兄、西田圭吾(にしだ・けいご)さんがいます。
圭吾さんもバレーボール経験者です。
そして、有志さんがバレーボールを始めるうえで、とても大きな役割を果たした人物でした。
有志さんが5歳だった頃、兄・圭吾さんは小学6年生。
兄がバレーボールの練習に行く姿を見て、有志さんも、

圭吾と一緒にやりたい
と望みます。
そこで圭吾さんが、まだ保育園児だった弟を練習に連れて行きました。
通常なら参加できない年齢でしたが、特別に練習へ参加させてもらうことになります。
平日の練習は夜7時から始まり、終わるのは夜9時近く。
5歳の有志さんは、大きな選手たちに混ざってボールを追い続けました。
練習が終わると、迎えに来た車の後部座席ですぐに眠ってしまう。
それでも、毎日のように練習へ通い続けました。
今の西田さんを知ると、まるで運命のようなエピソードです。
もしあの日、兄が弟を練習に連れて行かなかったら。
もし5歳の有志さんが、そこでボールを追いかけなかったら。
日本を代表するバレーボール選手は、誕生していなかったかもしれません。
◆古賀紗理那との結婚
西田有志さんの人生に、新たな大きな転機をもたらしたのが、古賀紗理那(こが・さりな)さんとの結婚です。
紗理那さんもまた、女子日本代表を長く支えたトッププレーヤー。
2022年12月31日、2人は結婚を発表しました。
男女それぞれの日本代表を代表する選手同士の結婚は、大きな話題となりました。
当時は所属チームの拠点が異なっていたため、夫婦でありながら一緒に暮らすことが難しい時期もありました。
それでも、それぞれが自分の競技に向き合いながら、互いを支え合ってきました。
そして2024年のパリ五輪には、夫婦そろって出場。
古賀さんは、この大会を最後に現役を引退しています。

◆子供
2025年7月、古賀さんの妊娠が公表され、同年12月8日には第1子の誕生が発表されました。
西田さんは、

元気に西田家の元に来てくれました
と報告。
紗理那さんも、出産にあたって多くの人からサポートを受けたことへの感謝を伝えています。
2026年には、夫婦で子育てについて語る姿も公開されています。
西田さんは初めて一人で赤ちゃんをお風呂に入れた際、

何かあったら大変
と思って最大限に緊張した結果、腰が筋肉痛になりそうだったと笑いながら話しています。
古賀さんによれば、子供は顔が「100%」有志さん似。
一方で、手足の長さは古賀さんに似ているそうです。
日本を代表する二人のアスリートから生まれた新しい命。
その成長を、両家の家族も温かく見守っていることでしょう。
◆エピローグ
西田有志さんの歩みを振り返ると、そこには「家族と一緒に始まったバレーボール」があります。
姉がいて、兄がいて。
兄が練習へ連れて行ってくれて。
両親が、その道を支え続けました。
母・美保さんは、息子がどれほどヤンチャでも、バレーボールにだけは真剣に取り組む姿を見つめていました。
父・徳美さんは、息子の歩みを黙って記録し続けました。
やがて、西田さん自身にも家族ができました。
妻は、同じコートの上で日本を背負って戦った古賀紗理那さん。
そして2025年には、二人の間に新しい命が誕生しています。
5歳の少年が、兄の背中を追いかけて体育館へ入ったあの日。
そこから始まった物語は、今では日本中の人が知るものになりました。
けれど、その原点は決して華やかな舞台ではありません。
三重県いなべ市の体育館。
兄についていった、小さな弟。
そして、その帰りを待つ家族。
西田有志さんの強烈なスパイクの根っこには、そんな温かな家族の時間が流れているのです。
これからは、父親となった西田有志さん。
かつて兄の背中を追いかけた少年が、今度は自分の子供に背中を見せる番です。
家族から受け取ったバレーボールへの情熱は、次の世代へと受け継がれていくことでしょう。
◇脚注・出典
- 大阪ブルテオン公式サイト「西田 有志」プロフィール
- 日刊スポーツ 2023年5月12日「バレー特集〈2〉西田有志が語った謎の病と、支えてくれた古賀紗理那との出会い、結婚」
- Number Web 2024年「“ヤンチャ坊主”西田有志を育てた肝っ玉母ちゃんとマジメな父」
- Number Web 2024年「肝っ玉母ちゃんが鍛えた“泣き虫ゆうじ”の成長記録」
- 社会福祉法人桑名市社会福祉協議会「西田有志選手のあゆみ」
- 東海テレビNEWS 2021年7月24日「『全員つぶしてこい』手厳しい両親のもと5歳から猛特訓」
- 日本オリンピック委員会(JOC)「古賀紗理那」プロフィール
- スポニチアネックス 2025年12月8日「古賀紗理那さん&西田有志夫妻 第1子誕生を報告」
- ORICON NEWS 2026年6月23日「西田有志&古賀紗理那、第1子と動画に登場」
- テレビ朝日 2026年9月7日「西田有志選手の妻・古賀紗理那さん、我が子との2ショット」



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