京都府八幡市長として活躍する、川田翔子(かわた・しょうこ)さん。
今回は、そんな川田さんを取り巻く『家族』の物語です。

◆家族構成・家系図
川田翔子さんの実家の家族構成は、父親、母親、本人、弟の4人家族です。
両親の名前や弟の詳しいプロフィールは公表されていません。
川田さんは2025年12月に結婚し、2026年9月15日には第1子となる女の子を出産しました。
現在は夫と長女との3人家族です。
◆実家・生い立ち
川田翔子さんは、1990年〈平成2年〉8月30日、奈良県奈良市で生まれました。
大阪桐蔭中学校・高等学校を経て、京都大学経済学部に進学。
大学卒業後は、2015年に京都市役所へ入庁し、生活保護家庭のケースワーカーとして働きました。
その後、参議院議員・山東昭子(さんとう・あきこ)さんの秘書を務め、2023年11月の八幡市長選挙で初当選。33歳で全国最年少の女性市長となりました。
こうした経歴の背景には、幼い頃から身近にあった家族の経験がありました。
◆父親・母親は弟の教育を支えるために奔走
川田翔子さんの父親と母親について、氏名や生年月日は公表されていません。
川田さんの両親には、生まれつき知的障害のある息子がいました。
息子が成長するにつれ、両親は知的障害のある子供に対する教育的なアドバイスや、具体的な教育プログラムを求めて行政機関を訪ね歩きます。
しかし、そこで返ってきたのは、
ありのままを受け入れてあげないとかわいそうですよ
という言葉でした。
両親が願っていたのは、ただ障害を受け入れることだけではありません。
最低限の言葉を話せるようになり、社会のルールを身につけ、将来、弟自身が困らないようにしてあげたい。
そんな親としての願いがありました。
ところが、必要とする教育支援はなかなか見つかりません。
両親は行政機関を渡り歩き、弟に合った教育の道を探し続けました。
◆知的障害がある弟
川田翔子さんには弟が1人います。
弟は5歳年下で、生まれつき知的障害があります。
両親は弟に適切な教育を受けさせるため、さまざまな支援先を探しました。
しかし、最終的に弟は他県の私塾に通うことになります。
そのため、家族が離れ離れに暮らしたこともありました。
弟に必要な教育を受けさせたいという両親の願いは、家族の暮らし方まで変えることになったのです。
川田さんは、そうした両親の姿を間近で見て育ちました。
この経験から、家庭の事情に寄り添った支援の難しさを幼い頃から感じていたといいます。
川田さんは大学進学前から、政治や政策に関心を持っていました。
京都大学に進学した後、恩師から、
政策は社会への処方箋である
という言葉を聞きます。
社会にある問題を見つけ、政策によって改善していく。
弟の教育をめぐる家族の経験と、大学で学んだ政策の考え方が結びつき、川田さんは社会問題の解決を一生の仕事にしたいと考えるようになりました。
大学卒業後に京都市役所へ入庁したのも、その思いがあったからです。
◆夫との結婚
川田翔子さんは、2025年12月に結婚しました。
結婚相手の氏名や職業、2人の馴れ初めなどについて、詳しい情報は公表されていません。
2026年5月、川田さんは現職の自治体トップとしては全国初とみられる産休の取得を表明しました。
市長という責任ある立場であっても、出産や育児と仕事を両立できる社会にしたい。
自身が産休を取得することで、組織の責任ある立場にある人も、出産や育児のために必要な時間を確保できることを示そうとしたのです。
八幡市は、出産に伴う職務代理者を設置し、市政運営に支障が出ないよう準備を進めました。
◆子供は女の子が1人
川田翔子さんには、2026年9月15日に誕生した長女がいます。
八幡市は翌16日、川田さんが京都府内の病院で女の子を出産したことを発表しました。
母子ともに健康でした。
出産に際して川田さんは、
温かい応援のお言葉をくださった皆様、仕事のフォローをしてくださっている市役所の皆様、関係者の皆様に心より感謝を申し上げます
とコメントしています。
市長としての仕事を支えてくれる人々への感謝を伝えた川田さん。
出産後は、産休や育児と仕事の両立に向けた新しい生活が始まりました。
◆エピローグ
川田翔子さんが政治を志した原点には、2つの家族・社会への思いがありました。
1つは、弟の教育支援を求めて苦労する両親の姿です。
もう1つは、バブル崩壊後の時代に生まれ、かつてのような活力を失った日本の社会や経済を、もう一度元気にしたいという思いでした。
弟のために行政機関を訪ね歩いた両親。
他県の私塾に通うことになった弟。
そして、家族が離れ離れに暮らした経験。
川田さんは、家庭だけでは解決できない問題があることを、子供の頃から知っていました。
大学では「政策は社会への処方箋」という言葉に出会い、京都市役所ではケースワーカーとして人々の暮らしに向き合います。
やがて、制度そのものを変えることができる政治の道へ進み、33歳で八幡市長に当選しました。
弟のために支援を求めた両親の願い。
その姿を見つめて育った娘は、今、多くの市民の暮らしを支える立場に立っています。
家族の中で感じた疑問を、社会全体の課題として解決していく。
川田翔子さんの歩みは、そんな家族の経験から始まっていたのです。
◇出典
- Woman type 2024年1月17日 史上最年少の女性市長・川田翔子が目指す未来「若い女性でも政治家になれる。その事実に意味がある」
- 大阪弁護士会 2025年3月 オピニオンスライス:八幡市長 川田翔子さん
- 京都大学 人と社会の未来研究院 2025年3月21日 川田翔子 八幡市長
- 共同通信 2023年11月12日 33歳女性、史上最年少の市長に 京都・八幡、無所属の川田翔子氏
- TBS NEWS DIG 2026年5月29日 全国初 京都・八幡市長が産休取得へ
- 八幡市公式サイト 2026年6月16日 市長の出産に伴う職務代理者の設置について
- 共同通信 2026年9月16日 川田翔子・八幡市長、女児出産 現職初とみられる産休中



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