【杉山裕之】の家族~結婚前提の彼女とは破局…仙台に住む兄の安否を案じた震災の日

お笑いトリオ「我が家」のツッコミとして活躍する、杉山裕之(すぎやま・ひろゆき)さん。

「言わせねぇ~よ!」のフレーズで知られ、個性的なキャラクターで笑いを届けてきました。

今回は、そんな杉山さんを取り巻く『家族』の物語です。

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◆家族構成

杉山裕之さんの家族については、詳しい構成や家族の氏名など、公表されている情報が限られています。

ただし、杉山さんにはお兄さんがいて、2011年〈平成23年〉の東日本大震災当時、お兄さんは宮城県仙台市に住んでいました。

また、2011年には一般女性との交際が報じられていますが、2013年〈平成25年〉には破局が報じられています。

現在の婚姻状況や子供の有無については、確かな情報を確認できないため、ここでは断定を避けます。

◆実家・生い立ち

杉山裕之さんは、1977年〈昭和52年〉4月23日生まれ。埼玉県出身のお笑い芸人です。

お笑いトリオ「我が家」では、坪倉由幸(つぼくら・よしゆき)さん、谷田部俊(やたべ・しゅん)さんとともに活動しています。

3人の持ち味は、それぞれの個性を生かしたコント。

杉山さんは、強気なツッコミや独特の存在感で笑いを生み出してきました。

2009年〈平成21年〉には、フジテレビ系のコント番組『爆笑レッドシアター』にレギュラー出演するなど、活躍の場を広げています。

そんな杉山さんの芸人人生には、家族の存在を強く意識した出来事がありました。

◆兄は仙台在住…東日本大震災の日

2011年〈平成23年〉3月11日、東日本大震災が発生しました。

当時、杉山裕之さんのお兄さんは宮城県仙台市に住んでいました。

大きな地震が起きたものの、杉山さんはすぐに兄と連絡を取ることができません。

電話はつながらず、メールを残して返事を待つしかありませんでした。

家族が無事なのか分からないまま過ぎていく時間。

杉山さんは、当時の心境をスポニチアネックスの取材で振り返っています。

その日は生きた心地がしなくて不安になりました。

そして翌日、ようやく届いたのが、家族全員の無事を知らせるメールでした。

「家族全員無事だよ」

その短い知らせが、どれほど大きな意味を持っていたことでしょう。

普段なら、何げなく交わす家族との連絡。

しかし、ひとたび連絡が途絶えると、いつも当たり前に感じていた日常が、決して当たり前ではないことに気づかされます。

杉山さんにとっても、忘れられない一日になったに違いありません。

震災から8日後の3月19日、杉山さんは所属事務所の芸人仲間たちとともに、東京都内で東日本大震災の支援金を募る活動に参加しました。

その場で杉山さんは、まだ安否が確認できていない人たちのためにも、早く連絡が取れる状況になってほしいと訴えています。

自分の兄と連絡が取れなかった経験をした杉山さんだからこそ、安否を確かめられずにいる人々への思いも切実だったのでしょう。

◆福岡へ活動拠点を移す

2012年〈平成24年〉8月、杉山裕之さんは活動拠点を福岡県へ移すことを発表しました。

同年10月から、所属事務所の九州事業本部を拠点に活動することになったのです。

突然の発表に驚いたファンもいましたが、杉山さんは自身のブログで、福岡でさまざまな経験を積み、芸人として成長することが「我が家」にとってもプラスになると説明しました。

また、トリオを解散するわけではなく、これまでどおり「我が家」としての活動も続けると明言しています。

実際に福岡での活動が始まると、杉山さんは地元のテレビ番組にも出演。新しい環境で経験を重ねていきました。

この決断には、芸人として自分を成長させ、トリオにも還元したいという思いが込められていたのですね。

◆11歳年下の女性と交際、そして破局

2011年〈平成23年〉11月、杉山裕之さんは11歳年下の一般女性との交際を公表しました。

2人は2010年〈平成22年〉7月にお酒の席で知り合い、交際に発展。

杉山さんは当時、結婚を前提とした真剣交際であることを明かしています。

その後、2013年〈平成25年〉1月のイベントでも、交際は順調だと報告。

結婚については「時がくれば」と語っていました。

しかし、同年7月には破局が報じられます。

当時の報道によると、交際していた女性との同居も解消していたといいます。

結婚を見据えた交際でしたが、2人はそれぞれの道を歩むことになりました。

なお、これらは当時の交際に関する報道です。その後の杉山さんの婚姻状況については、確かな情報を確認できていません。

◆エピローグ

2011年〈平成23年〉3月11日。

仙台に住む兄と連絡が取れず、杉山裕之さんは不安な時間を過ごしました。

電話がつながらず、返事を待つしかなかった一日。

そして翌日、届いた家族全員の無事を知らせるメール。

その知らせは、何よりも大切なものが何なのかを、あらためて教えてくれます。

家族は、いつも近くにいるとは限りません。

離れて暮らしていても、無事を願い、連絡が届けば胸をなで下ろす。

そんな思いが、家族の絆をつないでいるのかもしれません。

「家族全員無事だよ」。

何げない言葉のようでいて、かけがえのない安心を届ける一通のメール。

杉山さんが震災の日に感じた不安と、その翌日に得た安堵は、家族が無事でいてくれることのありがたさを、私たちにも静かに伝えてくれます。

◇脚注・出典

  1. スポニチアネックス 2011年3月19日「兄の無事にホッ…我が家・杉山裕之らが募金活動」
  2. 我が家オフィシャルブログ 2012年8月26日「我が家より杉山に関するご報告」
  3. 日刊スポーツ 2012年8月27日「福岡“移籍”我が家杉山『成長するため』」
  4. オリコンニュース 2011年11月2日「我が家に明暗…杉山は“結婚前提”交際宣言 谷田部は同時期に破局!」
  5. オリコンニュース 2013年1月23日「我が家杉山、交際順調…結婚は『時期がくれば』」
  6. デイリースポーツ 2013年7月8日「我が家・谷田部が七夕入籍、杉山は破局」

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