小林亜星の『家族』〜作曲家妻と2人の息子…父親は役人、母親は劇団員

2021年5月30日、作曲家の小林亜星さんが、心不全のため亡くなりました。

今回は、生前の亜星さんを支えた『家族』をご紹介し、在りし日の故人を偲びたいと思います。

【プロフィール】
名前:小林亜星(こばやし・あせい)
生年月日:1932年〈昭和7年〉8月11日
没年月日:2021年〈令和3年〉5月30日
出身地: 東京府豊多摩郡渋谷町
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◆生い立ち

小林亜星さんは、東京府豊多摩郡渋谷町(現在の東京都渋谷区)出身。

旧制慶應義塾普通部から慶應義塾高等学校に進学します。[1]

高校の同じクラスには、作曲家の冨田勲(とみた・いさお)さんと同じく作曲家の林光(はやし・ひかる)さんがいました。

同じクラスから作曲家が3人出たんですね!

大学は猛勉強して、なんと慶應義塾大学の医学部へ入学。

しかし、医学部へ入った後は、

もう俺はやることはやった

という気分になり、ジャズバンドに熱中したこともあって、経済学部に転部。

卒業後は大手製紙会社に入社しましたが、数ヶ月で退社し、作曲家への道を歩き始めました。

◆父親は逓信省の役人

小林亜星さんの父親は、劇作家志望の逓信省(ていしんしょう)の役人だったそうです。[2]

亜星さんが慶應の医学部に進んだのは、父親に勧められたからでした。

祖父は医師だったので、その影響があったのでしょう

それなのに、勝手に経済学部に転部し、卒業するまで黙っていたため、亜星さんは父親から勘当されています。

◆母親は劇団員

小林亜星さんの母親の名前は、塩子さん。[2]

母親は長野の出身で、実践女学校の専門学部を卒業。

新築地小劇場の劇団員として活動していました。

亜星さんの名前は、母親が尊敬する演出家の息子の名前をとって「亜星」と付けられています。

「亜星」さんは本名なんですね!

亜星さんが幼いころの話。

『不思議の国のアリス』を読んで感動した亜星さんは、

お母さん、面白いから読んでみて

と母親に話します。

するとお母さんは、

お前はこんな本を読んでるからバカなんだよ。世の中に不思議なんてことはないんだよ。よく考えなさい

と怒って、本で頭をたたかれてしまいました。

このようにクールで理論的な塩子さんは、92歳まで何でも自分でこなし、102歳で亡くなっています。

ちなみに母親の兄の孫は、経済学者の有賀敏之(あるが・としゆき)さんです。

◆妹はイラストレーター

小林亜星さんには妹がいて、名前は川村みづえさん。[1]

妹さんは美大を出て、イラストレーターとしてレナウンの宣伝部に勤めていました。

新しいコマーシャルを作るスタッフになったとき、

兄貴が作曲できるらしいです

と言ってくれたおかげで世に出たのが、レナウンのコマーシャルソング『ワンサカ娘』でした。

◆妻も作曲家

小林亜星さんの奥様の名前は、小林早苗さん。[3]

1938年〈昭和13年〉生まれなので、亜星さんより6歳年下になります。

妻・早苗さんは、渋谷区代々木の生まれ。

山脇学園女子短大・家政科を卒業後、ヘラルド映画、電通、TBSなどを経て、亜星さんと結婚しました。

作曲家という肩書も持っています。

◆2人の息子

小林亜星さんには、2人の息子さんがいます。

長男は一般人のようですが、次男は『太陽戦隊サンバルカン』への出演で知られる元俳優の小林朝夫(こばやし・あさお)さんです。

朝夫さんは俳優以外にも、東京エコール進学教室、大原予備校や市進学院などの講師を歴任。

朝日新聞の記事にて、

塾の世界で、小林先生を知らない人はいません 「国語の神様」です

と紹介されています。

2013年6月、女子高校生にみだらな行為をしたとして、 逮捕されてしまいました…

◆まとめ

これまで見てきた通り、小林亜星さんの活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。

これからは空の上から、残された家族を見守ってくれる事でしょう。

ご冥福をお祈り申し上げます。

◇脚注

  1. AERAdot. 2021年6月14日 小林亜星さん死去「医学部からバンドマン、『北の宿から』、『寺内貫太郎一家』…」本人が語ったマルチ人生
  2. SmartFLASH 2017年12月10日 小林亜星『不思議の国のアリス』を読んで母に殴られる
  3. 畑田国男のケーキDEデート 1986年9月30日 小林早苗さん 代官山・八幡通り「シェ・リュイ」

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