【山本恵里伽】の家族~寡黙な父と母の教え。男兄弟に挟まれて育ち…そして事実婚へ

アナウンサーとして活躍する、山本恵里伽さん。

落ち着いた語り口と、ニュースの本質を丁寧に伝える姿が印象的です。

今回は、そんな山本恵里伽さんを取り巻く『家族』の物語です。

名  前:山本恵里伽(やまもと・えりか)
生年月日:1993年〈平成5年〉10月8日
出身地 :熊本県熊本市
出身高校:熊本県立済々黌高等学校
出身大学:明治大学文学部演劇学専攻
スポンサーリンク

◆家族構成・家系図

山本恵里伽さんの家族については、父親、母親、山本さん、そして兄弟がいるとする情報があります。

山本さん自身は、2026年6月に事実婚を公表しています。

パートナーとは以前から同居しており、2人とも名字を変えずに「家族になりたい」という思いから、法律婚ではなく事実婚を選択したと説明しています。

◆実家・生い立ち

山本恵里伽さんは、1993年10月8日、熊本県熊本市で生まれました。

熊本市立託麻西小学校熊本市立西原中学校を経て、熊本県立済々黌(せいせいこう)高等学校へ進学。

高校時代に所属したのが、放送部でした。

ここで原稿を読むことや番組を制作することに夢中になり、後のアナウンサー人生につながる「声で伝える」経験を積んでいきます。

済々黌高校の放送部は、山本さんにとって単なる部活動ではありませんでした。

2026年、熊本地震から10年という節目に故郷を訪れた山本さんは、母校の放送室を訪問。

当時の恩師や現役部員と再会し、

私の原点はここだな

と、改めて感じたことを語っています。

高校時代に育んだ「伝える力」が、やがて報道の世界で花開くことになります。

◆父親は「とてつもなく寡黙」

山本恵里伽さんの父親は一般の方で、名前や職業などは公表されていません。

ただ、その人柄については、山本さん自身がラジオで語っています。

ひと言で表現するなら、

とてつもなく「寡黙」

な、お父さん。

2021年6月、TBSラジオの番組で「父親」について語った山本さんは、父の日に合わせて父親のエピソードを紹介しようとしました。

ところが、いざ考えてみると、

お父さんのエピソードが全然思い浮かばない…

そこで山本さんは、父親にLINEで質問を送ります。

  • 好きな食べ物は?
  • 子供の頃はどんな子だった?
  • 私との一番の思い出は?

ところが、返ってくるLINEもまた「寡黙」。

娘からすると、何とも「父親らしい」返信だったようです。

そんな寡黙なお父さんですが、娘との忘れられない思い出があります。

それが、自転車の練習でした。

幼い山本さんが自転車に乗れるようになるまで、お父さんは一緒に練習してくれました。

ところが、何度も転んで痛がる娘を見ているうちに、

自分が娘に無理をさせているのではないか

と感じるようになったそうです。

その経験が心に残り、それ以降、娘を叱ったり、何かを無理にさせたりすることができなくなったといいます。

口数が少ない。

けれど、娘の痛みに人一倍敏感だった。

そんな不器用な優しさを持った父親だったのかもしれません。

ちなみに、山本さんが以前

何かあったときに、道しるべになってくれたのはお母さん

と話したところ、それを聞いたお父さんは、かなり不機嫌になったそうです。

自分のことは何も言ってくれないのか…

そんな父親の反応が、逆に愛情の深さを感じさせます。

◆母親は人生の「道しるべ」

山本恵里伽さんの母親も一般の方で、名前や生年月日、職業などは公表されていません。

しかし、山本さんの人生を語るうえで、お母さんの存在は欠かせません。

山本さんは前述のとおり、

何かあった時に、道しるべになってくれたのはお母さん

と語っています。

大学時代、山本さんは映画製作のサークルに参加していました。

作品を作ること自体は楽しかったものの、周囲には本気で映画監督や役者を目指している学生もいる中で、

自分は本当に何をしたいのだろう?

と、進路について考えるようになりました。

そのとき、お母さんからかけられたのが、

声で表現することが好きなのだから、そういう仕事を見つけてみたら

という趣旨の言葉でした。

この言葉をきっかけに、山本さんは大学に通いながらアナウンススクールへ。

そして2016年、TBSテレビに入社します。

母親が娘の中に見つけてくれた「声で表現する才能」。

それが、現在の山本恵里伽さんを形作る大きなきっかけになったのです。

◆母方のルーツは天草

山本恵里伽さんには、熊本で過ごした家族との思い出がもう一つあります。

母方のルーツである天草です。

2026年に放送された熊本の特別番組では、天草にあった曽祖母の家で、お盆になると食べていたという郷土料理「鯛そうめん」を口にしました。

懐かしい味を前に、幼い頃の記憶が一気によみがえったといいます。

アナウンサーとして全国に知られるようになった今も、山本さんの心の奥には、熊本で暮らした少女時代の風景が残っています。

◆兄と弟がいる?

山本恵里伽さんについては、兄と弟がいる「3人きょうだいの真ん中」とする情報が複数あります。

兄弟はいずれも一般の方で、氏名、生年月日、職業などの詳細は明らかになっていません。

ただし、

男兄弟に挟まれて育った

と本人が語っているので、兄と弟がいるのは間違いないでしょう。

男兄弟の影響で、少女時代の愛読書は『週刊コロコロコミック』と『週刊少年ジャンプ』。

当時ハマっていたのは『新世紀エヴァンゲリオン』で、

それがいまの人格形成にすごく関わってしまっている

と振り返っています。

◆事実婚を選択

2026年6月9日、山本恵里伽さんはラジオ番組『荻上チキ・Session』で、事実婚をしたことを公表しました。

パートナーとは同居を続けており、当初は法律婚も考えていたそうです。

パートナーは「自分が山本姓に変わる」と伝えてくれていたといいます。

しかし話し合いを重ねるうち、

お互いに名前を大事に思っている

ということが分かっていきました。

そこで2人は、どちらも名字を変えない形で家族になることを選択しました。

山本さんは、

私たちは家族になりたかった

という思いを語っています。

公正証書による事実婚契約を結び、いつから事実婚とするのかも明確にしたそうです。

さらに、選択的夫婦別姓が法制化された場合には、法律婚へ移行する条項も盛り込んでいます。

これは、単に「結婚の形」にこだわったという話ではありません。

互いの名前を大切にしながら、家族として生きていきたい。

そんな2人の意思を尊重した選択だったのです。

◆エピローグ

山本恵里伽さんの家族をたどると、対照的な2人の親の姿が浮かび上がります。

「とてつもなく寡黙」だった父。

そして、娘が迷ったときに「声で表現する仕事」を示してくれた母。

父親は言葉少なに娘を見守り、母親は言葉によって娘の背中を押しました。

その両親のもとで育った少女は、熊本の高校でマイクを握り、やがて全国のニュースを伝えるアナウンサーになります。

そして2026年。

今度は自分自身で、新しい「家族」の形を選びました。

生まれ育った家族から受け取ったもの。

そして、これから自分で築いていく家族。

山本恵里伽さんの「伝える言葉」の根っこには、そんな家族との時間が静かに流れているのかもしれません。

◇出典

  1. TBSテレビ「TBSアナウンサーズ・山本恵里伽」:生年月日、出身地、学歴、現在の担当番組など。
  2. TBSラジオ/radikonews「山本恵里伽『父親』について考えてみた」:父親の性格、自転車の練習、母親への言及など。
  3. 明大スポーツ新聞部「TBSアナウンサー山本恵里伽さんインタビュー拡大版」:大学時代や放送部、メディアへの関心など。
  4. 日刊スポーツ「TBS山本恵里伽アナ『事実婚』公正証書に移行条項」:2026年の事実婚公表と経緯。
  5. 日刊スポーツ「TBS山本恵里伽アナが事実婚公表」:名字を変えずに家族になることを選んだ経緯。
  6. 日刊スポーツ「山本恵里伽アナ、大粒の涙」:熊本地震、母校、故郷への思いなど。
    -TVガイドWeb「『おかえり熊本』TBS山本恵里伽アナ&斉田季実治」:済々黌高校、放送部、天草の曽祖母宅の思い出など。

コメント

TOPページ(新着記事、人気記事、人気カテゴリー)

タイトルとURLをコピーしました