町野修斗の【家族】~実家は町野畳店…サッカー経験者の父と兄、母と姉について

Jリーグ・湘南ベルマーレに所属する、プロサッカー選手の町野修斗さん。

半年かけて忍者ポーズをマスターしました!

今回は、そんな町野さんを取り巻く『家族』の物語です。

名  前:町野修斗(まちの・しゅうと)
生年月日:1999年〈平成11年〉9月30日
身  長:185cm
血液型 :A型
家族構成:①実 家…父親、母親、兄、姉
     ②独立後…独身
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◆実家・生い立ち

町野修斗さんは、三重県伊賀市の出身。

実家は「町野畳店」を営みながら、特A評価を受ける伊賀米の生産を手伝っています。

町野畳店(↓)

このため、町野さんは幼少期から、夕食時にどんぶり3杯のご飯をかきこみ、すくすく成長しました。

サッカーは、3歳のときに始めています。

小学校は地元の、伊賀市立中瀬小学校へ通いました。[1]

小学校時代は、父親が指導するFC中瀬SSで、基礎を徹底的にたたき込まれます。

当時からキック力はずば抜けていて、小学4年生の時には「キックオフシュート」を決めたこともありました。

キックオフシュート
キックオフでそのままロングシュートを打つこと。キックオフは相手陣内にボールを蹴り出せばよいので、ルール上問題なく、そのままゴールすれば得点となる。

中学校は、伊賀市立城東中学校へ進学。[1]

サッカーは、FCアヴェニーダソルに所属して続けました。

当時の監督は、Jリーグのサガン鳥栖でプレーしたこともある、関本恒一(せきもと・こういち)さん。

関本監督は、体が細い町野さんを、足元の技術を生かせる中盤のボランチや左サイドで起用しました。

この判断が、町野さんをオールラウンドプレイヤーに変貌させています。

また、関本監督は、

プロの選手を育てようと思っていない。人間形成を重視に考えている

として、最後の1秒までチームの為に走ることを教えてくれました。

高校は、大阪の履正社高等学校へ進学。[2]

履正社高でフォワードに転向すると、1年の秋からトップチームで活躍します。

3年の間に、インターハイは2回出場したものの、全国高校サッカー選手権に出場することは叶わずとても悔しい想いをしました。

個人的には、万能型ストライカーとして日本高校選抜にまで選出され、2018年の横浜Fマリノス入団を掴みました。

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