フィギュアスケート選手として活躍する木原龍一さん。

フィギュア界一の野球好きです!
今回は、そんな木原さんを取り巻く『家族』の物語です。
生年月日:1992年〈平成4年〉8月22日
身 長:175cm
血液型 :A型
家族構成:父親、母親
◆実家・生い立ち
木原龍一さんは、愛知県東海市の出身。
幼少期の木原さんは体操やバレエなど様々な習い事にチャレンジしましたが、唯一続いたのが4歳で始めたスケートだったそうです。
小学校は地元の東海市立名和小学校へ通いました。
荻野正子(おぎの・まさこ)コーチに師事し、8学年上の鈴木明子(すずき・あきこ)さんと同じリンクで楽しくスケートを学んでいきました。
中学校は地元の東海市立名和中学校へ進学。
意外にも中学までは小柄で華奢だったという木原さん。
この時期は恩師の成瀬葉里子(なるせ・よりこ)さんに師事し、本格的なスケーターとしての基礎を固めています。
高校は中京大中京高等学校へ進学。
高校時代は高校総体で優勝し、全日本ジュニア選手権で2位となるなど実績を上げています。
ちなみに元プロ野球選手の磯村嘉孝(いそむら・よしたか)さんやサッカー選手の宮市亮(みやいち・りょう)さんとは高校時代にクラスメイトでした。
また、元SKE48の梅本まどか(うめもと・まどか)さんも高校の同級生です。
大学は中京大学へ進学。
ここで木原さんに転機が訪れます。
スケート連盟や指導者たちからペアへの転向を勧められたのです。
当初ペア転向を希望してはいなかった木原さんですが、最終的には

五輪を目指して挑戦するというのは、今しかできないこと
と転向を決断。
日本人ペア選手として初のオリンピック金メダリストとなる物語が、ここに始まったのでした。
❶父親
木原龍一さんの父親について、詳細は明かされていません。
しかし、木原さんの将来を案じ、支えてくれたことに疑いの余地はないでしょう。
木原さんがペアに転向するとき、日本スケート連盟のフィギュア強化部長だった小林芳子(こばやし・よしこ)さんは本人と両親の説得を試みました。
この時父親は、
芳子さん、ペアに行くのは賛成します。でも、はしごだけは外さないで下さいね
と話したそうです。
父親の的確な判断と、息子への愛情を感じる温かいエピソードだと思います。
❷母親
木原龍一さんの母親の名前は鈴江さん。[1]
1962年〈昭和37年〉頃の生まれとなります。
母・鈴江さんがいなければ、金メダリスト・木原龍一の誕生はなかったでしょう。
まず幼少期、木原さんにフィギュアスケートを与えたのは鈴江さんでした。

いろいろ母が体操だったりバレエだったり教室に通わせてくれたそうなんですけど、どの教室も脱走してしまったそうで、唯一続いたのがスケートだったそうです
また、木原さんがペア転向を悩んだ時は、
声が掛かったのは可能性があるからよ
と背中を押しています。
2024年末の全日本選手権では、ミスをしたりくりゅうペアが落ち込んでいると、
あなたたちお葬式みたいね
とのメッセージが。
その一言で、

あんなに楽しかったスケートが、いつの間にこんなに辛いものになっていたんだろう
と気づいたりくりゅうペア。
その約1年後に開かれたミラノオリンピックで頂点に上り詰めたのでした。
❸兄弟姉妹
木原龍一さんの兄弟姉妹に関する情報は、現時点で公表されていません。
その代わりと言ってはなんですが、ペアを組む三浦璃来(みうら・りく)選手と
本当の兄妹のようだ
とファンやメディアから表現されることがよくあります。
❹妻
木原龍一さんは、現在のところ結婚は公表されておらず、妻はいません。
ペア競技においては三浦璃来さんとの強い信頼関係が知られていますが、それはあくまで競技上のパートナーです。
互いの呼吸を合わせ、時に命を預けるようなリフトやスロージャンプを成功させるためには、言葉以上の信頼が必要です。
その関係性は、夫婦にも似た「特別な絆」と表現されることもありますが、2人はあくまで競技者として互いを高め合う存在なのだそうです。
❺子供
木原龍一さんに子供がいるという公表はありません。
◆まとめ
これまで見てきたように、木原龍一さんの活躍の背景には温かい『家族』の絆がありました。
その絆を胸に、木原龍一さんの挑戦はこれからも続いていきます(^o^)丿
◇出典
- 中日新聞 2018年2月8日 成長した姿、心待ちに 木原選手



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