【平野レミ】の家族~夫・和田誠とは交際10日婚。長男・和田唱と次男・和田率…そして料理を受け継ぐ妻たち

料理愛好家として、長年にわたり親しまれている平野レミ(ひらの・れみ)さん。

豪快に食材を扱い、時には料理を立てたり、丸ごと盛り付けたり――。

テレビで見せる自由奔放な姿からは、どこか「型破りな人」という印象を受けます。

しかし、その人生をたどってみると、平野さんほど「家族」という存在に深く根を張った人も珍しいのではないでしょうか。

今回は、そんな平野レミさんを取り巻く『家族』の物語です。

名  前:平野レミ(ひらの・れみ)
生年月日:1947年〈昭和22年〉3月21日
出身地 :東京都台東区
職  業:料理愛好家、シャンソン歌手
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◆家族構成・家系図

平野レミさんは、詩人・フランス文学者の父・平野威馬雄(ひらの・いまお)さんのもとに生まれました。

1972年にはイラストレーターの和田誠(わだ・まこと)さんと結婚。

夫婦の間には、

  • 長男・和田唱(わだ・しょう)さん
  • 次男・和田率(わだ・りつ)さん

の2人の息子がいます。

そして現在の平野さんの家族には、長男の妻で女優の上野樹里(うえの・じゅり)さん、次男の妻で料理家の和田明日香(わだ・あすか)さんも加わっています。

和田家は、イラスト、音楽、料理、演技と、それぞれ違う世界で才能を開花させた一家なのです。

◆父親は詩人・平野威馬雄

平野レミさんの父親は、詩人・フランス文学者として知られる平野威馬雄(ひらの・いまお)さん。

1900年〈明治33年〉5月5日生まれ、1986年〈昭和61年〉11月11日に亡くなりました。

威馬雄さんは、フランス文学の翻訳や詩作などで活動する一方、戦後には「レミの会」を主宰し、米兵と日本人女性との間に生まれた子供たちの救済にも取り組みました。

レミさんが育った家庭には、父親の仕事を通じてフランス人やアメリカ人など、さまざまな人が出入りしていました。

レミさん自身も、幼いころから父親の客が持ってきたレコードを聴き、シャンソンを覚えていったと振り返っています。

後にシャンソン歌手としてデビューするレミさんの音楽的な原点は、実は家庭の中にあったのです。

そして、父親から受け継いだもう一つのものが、「人を家に迎え入れる」という感覚でした。

料理を作り、家族や客と一緒に食卓を囲む。

レミさんの料理にある自由さや温かさの背景には、そんな家庭環境があったのかもしれません。

◆夫はイラストレーター・和田誠

平野レミさんの人生を語るうえで欠かせないのが、夫の和田誠(わだ・まこと)さんです。

1936年〈昭和11年〉4月10日生まれなので、レミさんは夫より11歳年下になります。

誠さんは多才な方で、イラストレーター、グラフィックデザイナー、映画監督、エッセイストなど、幅広い分野で活躍しました。

2019年〈令和元年〉10月7日、肺炎のため83歳で亡くなっています。

2人の出会いは1972年。

驚くことに、出会ってからわずか10日ほどで結婚されたそうです。

結婚生活の中で、レミさんは料理を作り、和田さんはその料理を食べました。

レミさんによれば、和田さんは料理が失敗しても「まずい」とは決して言わなかったそうです。

むしろ、相手を傷つけない言い方で伝えてくれた――。

そんな夫婦の関係が、長い年月の中で育まれていきました。

レミさんの料理が、単なる「簡単で豪快な料理」ではなく、家族を思う料理になった背景には、夫・和田誠さんとの暮らしがあったのでしょう。

◆長男・和田唱

平野レミさんの長男は、ミュージシャンの和田唱(わだ・しょう)さん。

1975年〈昭和50年〉12月1日生まれです。

唱さんは名前の通り、ロックバンド「TRICERATOPS」のボーカル・ギターを務め、作詞・作曲も手掛けています。

父親はイラストレーター、母親は料理愛好家。

そんな有名な両親を持つことは、少年時代の唱さんにとって、必ずしも楽なことばかりではありませんでした。

幼いころには

親が有名人であることに葛藤があった

と、本人が話しています。

そんな唱さんを変えたのが、ギターとの出会いでした。

そして、母・レミさんとは2026年、テレビ朝日系『徹子の部屋』で初めて親子共演。

レミさんは、唱さんが生まれたばかりのころ、黒柳徹子(くろやなぎ・てつこ)さんが自宅を訪ねてきて、赤ちゃんだった唱さんを抱いてくれた思い出を披露しました。

「生まれたばかりの息子」を抱いた黒柳さん。

その息子が50年後、ミュージシャンとして母親の隣に座る――。

時の流れを感じさせる、なんとも温かい親子の再会でした。

◆長男の妻は女優・上野樹里

和田唱さんは2016年、女優の上野樹里(うえの・じゅり)さんと結婚しました。

樹里さんは1986年〈昭和61年〉5月25日生まれなので、唱さんより11歳年下になります。

樹里さんは以前からTRICERATOPSのファンで、音楽を通じて2人の距離が縮まり、2015年秋ごろから交際。

2016年5月26日に婚姻届を提出しました。

平野レミさんは、息子の結婚を喜び、

結婚のお祝いに、樹里ちゃんにレミパンをプレゼントしました

と語っています。

女優として活躍する新しい家族に、料理愛好家として自分の「道具」を贈る。

なんともレミさんらしい嫁入り祝いです。

◆次男・和田率

平野レミさんの次男は、実業家の和田率(わだ・りつ)さん。

1979年〈昭和54年〉8月15日生まれとされています。

大手広告代理店でCMプランナーとして働いた後、キッチン用品ブランド「remy」を立ち上げました。

つまり、母・平野レミさんが料理を「作る人」なら、率さんは料理を支える「道具」を生み出す側へ進んだわけです。

母親の料理への情熱を、息子が別の形で受け継いでいる。

これも、平野家らしい家族のつながりと言えるでしょう。

◆次男の妻は料理家・和田明日香

和田率さんの妻は、料理家・食育インストラクターの和田明日香(わだ・あすか)さんです。

1987年〈昭和62年〉4月17日生まれなので、率さんより8歳年下になります。

明日香さんは結婚当初、料理についてほとんど知識がありませんでした。

ところが、平野レミさんのもとで料理を学び、やがて食育インストラクターの資格を取得。

現在では料理家として幅広く活躍しています。

かつては、

キャベツとレタスの違いもわからない

ほどだった女性が、平野レミさんの嫁となり、料理の世界へ入っていく。

そして今では、義母と一緒に料理を語る存在になりました。

まさに「食」が人をつないだ家族です。

◆孫たちへ受け継がれる「食」

和田率さんと明日香さんの間には、3人の子供がいます。

平野レミさんにとっては、かわいい孫たちです。

レミさんから明日香さんへ。

明日香さんから、その子供たちへ。

料理の知識だけではありません。

「家族で食卓を囲むこと」

「食べる人を思って料理すること」

そんな目に見えないものまで、世代を超えて受け継がれているのではないでしょうか。

◆エピローグ

平野レミさんの家族をたどると、不思議な一本の線が見えてきます。

父・平野威馬雄さんは、文学と言葉で人をつなぎました。

夫・和田誠さんは、絵と言葉で時代を彩りました。

長男・和田唱さんは、音楽で人の心を動かしています。

次男・和田率さんは、母の料理を支える道具を生み出しました。

そして、上野樹里さんは演技の世界で、和田明日香さんは料理の世界で、それぞれの才能を開花させています。

レミさん自身も、最初から「料理の先生」だったわけではありません。

家族のために料理を作り続けた結果、その料理が仕事になり、やがて多くの人に愛されるようになりました。

夫・誠さんが亡くなった今も、レミさんの食卓には家族の記憶が残っています。

料理は、食べればなくなる——。

けれど、その味を囲んだ時間は、家族の中に残っていく——。

レミさんが作ってきたのは、料理だけではありません。

人と人が笑いながら食卓を囲む。

そんな「家族の時間」そのものだったのかもしれません。

これからも平野レミさんの料理は、次の世代へと受け継がれていくことでしょう。

◇出典

  • テレビ朝日「テレ朝POST」『平野レミ、ロックバンドボーカルの長男とテレビ初共演!』(テレ朝ポスト⁠)
  • ORICON NEWS『和田唱、“断り続けた”母・平野レミとテレビ初共演』(オリコンニュース(ORICON NEWS)⁠)
  • 週刊文春『平野レミさん・和田唱さん・率さんが振り返る「表紙はうたう」創作秘話』(文春オンライン⁠)
  • スポニチアネックス『平野レミ 夫の和田誠さんは料理を「絶対にまずいって言わなかった」』(スポーツニッポン⁠)
  • 独立行政法人国立文化財機構・東京文化財研究所「和田誠」(東京文化財研究所⁠)
  • 国立国会図書館典拠データ「平野威馬雄」(国立国会図書館IDサービス⁠)
  • TRICERATOPS公式サイト「BIO」(トリケラトプス⁠)
  • 上野樹里公式ファンクラブ「PROFILE」(JURI UENO OFFICIAL FANCLUB⁠)
  • 日本タレント名鑑「和田明日香」(日本タレント名鑑⁠)

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