元バレーボール女子日本代表として活躍した、大友愛(おおとも・あい)さん。
2004年のアテネ五輪、2012年のロンドン五輪に出場し、ロンドンでは銅メダルを獲得しました。
今回は、そんな大友さんを取り巻く『家族』の物語です。

◆家族構成・家系図
大友愛さんは、4人の子供を育てる母親です。
2006年にビーチバレー選手の山本辰生(やまもと・たつお)さんと結婚し、同年8月に長女の秋本美空(あきもと・みく)さんが誕生しました。
その後、山本さんとは2012年に離婚。
2013年には柔道家の秋本啓之(あきもと・ひろゆき)さんと再婚し、長男、次女、三女の3人の子供に恵まれます。
しかし、2026年の年明け間もなく、秋本さんとも離婚したことを同年10月1日に公表しました。
大友さんは、子供たちについて、これからも元夫と協力しながら支えていきたいと伝えています。
◆実家・生い立ち
大友愛さんは、宮城県仙台市で生まれました。
子供の頃は、家族と山へ山菜を採りに行ったり、父親の釣りについて行ったりと、自然の中で過ごすことが大好きだったそうです。
学校帰りに友達と林の中で木登りをすることもありました。
そんな大友さんがバレーボールを始めたのは、中学1年生のとき。
仲の良い友達がバレー部に入ると聞き、自分も入部することにしたのです。
当初は、身長が高いことを気にしていた時期もありました。
しかし、その長身はバレーボール選手として大きな武器になっていきます。
仙台育英学園高等学校で実力を伸ばし、卒業後は実業団のNECレッドロケッツに入団。
日本代表選手への道を歩み始めました。
2004年のアテネ五輪に出場すると、2012年のロンドン五輪では日本女子代表の銅メダル獲得に貢献しています。
◆競技人生を支えた父
大友愛さんの父親は、娘がバレーボールに打ち込む日々を支えてくれた人でした。
大友さんが成長期を迎えると、父親は栄養面を気遣い、プロテインやサプリメントを用意してくれたそうです。
食が細く、一度にたくさん食べることが得意ではなかった大友さん。
娘が競技を続けられるようにと、父親は必要なものを考え、準備してくれました。
そんな父親に、大友さんは自らの進退を相談したことがあります。
トップ選手として注目される一方、競技以外のことで話題になることにも悩んでいた時期でした。
2005~2006年シーズンの直前、大友さんは父親に国際電話をかけ

やめたい
と打ち明けました。
それまでバレーボールについて父親に相談したことはなかったといいます。
この時、父親が何と応えたかは分かりません。
しかし結果として、大友さんは引退することを決意しています。
◆母親との食の思い出
大友愛さんは食べることが大好きでしたが、一度にたくさん食べられない子供だったそうです。
高校生くらいまでは痩せていて、大盛りを注文するよりも、少しずつ分けて食べていました。
家では早い時間に夕食を済ませていましたが、お母さんは家族が食べている間、料理を取り分けたり、給仕をしたりしてくれました。
自分の食事は、後片付けが終わってから。
そんなお母さんの食べているものが、とてもおいしそうに見えた愛さん。
つい、もう一度食べてしまうこともあったそうです。
お母さんと2人、キッチンで立ったまま食べたことも、懐かしい思い出になっています。
また、近くに住む祖父母の家に泊まりに行き、祖母の手料理を食べるのも楽しみでした。
食卓に並んだのは、山で採ってきた山菜や、父親が釣ってきた魚。
魚は刺身にしたり、焼いたり、煮たりして味わいました。
当時は近所にハンバーガーやドーナツの店もなく、テレビで見るようなジャンクフードを食べる機会もほとんどなかったといいます。
裕福な家庭ではなく、外食や贅沢なごちそうはめったにありませんでした。
それでも、季節ごとの地元の食材を料理して食べる暮らしがありました。
母親と並んで食べた夜のキッチン、祖母が作ってくれた料理、父親が釣ってきた魚。
大友愛さんの幼い日の食卓には、家族と過ごした温かな時間が刻まれているのです。
◆弟のエピソード
大友愛さんには、弟がいます。
小学生の頃、愛さんは転校先の学校でマラソン大会に出場しました。
走ることが得意だった愛さんは、優勝を目指して毎晩練習に励みます。
その練習に付き合ってくれたのが、弟でした。
街灯もない真っ暗な道。
弟は自転車に乗り、愛さんは父親の釣り用ライトを頭に付けて走ります。
頼りになるのは、自分のヘッドライトと弟の自転車のライトだけでした。
こうして練習を重ねた愛さんは、転校して初めてのマラソン大会で見事に1位を獲得します。
姉の挑戦に付き合い、暗い道を自転車で走った弟。
幼い姉弟の姿が目に浮かぶようなエピソードです。
◆最初の夫・山本辰生
大友愛さんの最初の夫は、元バレーボール選手の山本辰生(やまもと・たつお)さんです。
山本さんは1976年〈昭和51年〉5月25日生まれ、大阪府出身。
立命館大学でバレーボールに打ち込み、1999年に堺ブレイザーズへ入団しました。
その後、2003年にビーチバレーへ転向し、競技の幅を広げています。
大友さんと山本さんは、2006年〈平成18年〉1月に結婚。
同年8月には、長女が誕生しましたが、2012年〈平成24年〉3月に離婚しました。
山本さんと大友さんの離婚理由については、詳しく公表されていません。
◆2番目の夫・秋本啓之
大友愛さんの2番目の夫は、柔道家の秋本啓之(あきもと・ひろゆき)さんです。
秋本さんは1986年〈昭和61年〉1月31日生まれ、熊本県出身。
筑波大学大学院で学び、柔道男子73kg級の選手として活躍しました。
2010年の世界柔道選手権では金メダルを獲得し、アジア大会でも優勝するなど、世界の舞台で実績を残しています。
2人が結婚したのは、2013年〈平成25年〉8月8日。
大友さんは、前夫の山本辰生さんとの間に生まれた長女を育てながら、秋本さんとの新たな家庭を築いていきました。
その後、2人の間には1男2女が誕生。
しかし、家族の歩みは永遠には続きませんでした。
大友さんは2026年〈令和8年〉10月1日、同年を迎えて間もなく秋本さんと離婚していたことを公表しました。
離婚に至るまでには多くの悩みや考えがあったと明かしていますが、具体的な理由については公表していません。
一方で、大友さんは子供たちについて、これからも元夫と協力しながら支えていきたいと表明しました。
秋本さんもまた、離婚を報告しています。
◆長女・秋本美空
大友愛さんの長女は、バレーボール選手の秋本美空(あきもと・みく)さんです。

2006年〈平成18年〉8月18日生まれ。
父親は、最初の夫である山本辰生さんです。
美空さんは小学2年生でバレーボールを始めました。
母親と同じ184cmの長身を生かし、共栄学園高等学校ではエースとして活躍。
2025年1月には全日本高校選手権、いわゆる春高バレーでチームを優勝に導き、大会最優秀選手にも選ばれました。
同年には日本代表として国際大会にも出場しています。
2025年6月、バレーボール・ネーションズリーグの日本対セルビア戦では、大友さんがテレビ中継の解説を担当しました。
コートには、娘の美空さんが立っています。
大友さんは、かつて自分自身が人生をかけて戦った場所に娘が立っていることについて、母親としては涙が出そうになると語りました。
試合後には、大友さんが娘にインタビューする場面もありました。

ご飯おいしいですか。食べれてますか
そんな母親らしい問いかけに、美空さんが

食べてます
と照れ笑いを浮かべます。
世界を舞台に戦う日本代表選手同士でありながら、そこにはいつもの母と娘の姿がありました。
大友さんは2026年3月、娘への指導方針についても語っています。
自分から技術を教え込むのではなく、信頼できる指導者に任せ、

家を疲れている時に帰って来られる場所にしたかった
といいます。
バレーボール選手としての経験を伝えること以上に、母親として娘が安心できる場所を守る。
それが大友さんの子育ての姿勢なのでした。
◆長男・心之介
大友愛さんの長男の名前は心之介(しんのすけ)さん。
父親は、秋本啓之さんです。
心之介さんが生まれたのは、2014年〈平成26年〉6月のこと。
しかし、誕生を待つ家族には、大きな試練が訪れていました。
妊娠8か月の検診で、お腹の赤ちゃんに心臓の病気があることが判明したのです。
病名は、完全大血管転位症。
心臓から出る大きな血管の位置が正常とは異なるため、血液中の酸素が不足する危険がある病気です。
大友さんは当時の不安を振り返り、

妊娠中の自分の行動が原因だったのではないか
と、自分を責めていたことを明かしています。
そして、心之介さんは無事に誕生したものの、すぐに新生児集中治療室(NICU)へ。
生後7日目には、血管の位置を付け替える約8時間に及ぶ大手術を受けました。
手術は成功しましたが、その後も治療は続きます。
小さな体に管がつながれた息子を見守る日々。
大友さんは心之介さんのそばを離れがたく、食事も十分に取れないほどだったといいます。
そんな大友さんを支えたのが、夫の啓之さんでした。
大友さんが不安を募らせるなか、啓之さんは
大丈夫、絶対強い子になるから
と励ましました。
息子の誕生直後には、妻の前では気丈に振る舞いながら、トイレでこっそり涙を流していたことも、後になって明らかになっています。
父親としての啓之さんの思いは、競技にも表れました。
2015年〈平成27年〉12月、柔道のグランドスラム東京で優勝した啓之さん。
心臓の病気と闘う長男の姿が、競技を続ける大きな力になっていたといいます。
その後、心之介さんは順調に回復。
大友さんは、息子の病気を経験したことで、健康であることのありがたさを深く感じるようになったと語っています。
母と父、そして小さな息子が、それぞれの立場で懸命に向き合った日々。
生まれてすぐに大きな試練を乗り越えた心之介さんは、家族にとって、当たり前の日常がどれほど尊いものかを教えてくれる存在となったのです。
◆次女・こころ、三女・愛心
大友愛さんと2番目の夫・秋本啓之さんの間には、次女のこころさんと、三女の愛心(あこ)さんがいます。
次女のこころさんは2015年〈平成27年〉生まれ、三女の愛心さんは2017年〈平成29年〉生まれです。
長男の心之介さんを含め、年齢の近い3人きょうだいは、にぎやかな毎日を送っていました。
2018年、雑誌『FLASH』のインタビューで、大友さんは当時の子育てについて語っています。
長男の心之介さんと次女のこころさんは、2人で協力していたずらをすることもあれば、けんかをすることもあったそうです。
目が離せないほど元気いっぱいの兄妹だったのですね。
一方、三女の愛心さんは、同じインタビューで大友さんに抱かれながら登場しています。
まだ幼い末っ子をあやしながら、長女・美空さん、長男・心之介さん、次女・こころさんを育てる大友さん。
4人の子供を育てる日々は、忙しくも笑顔の絶えないものだったことがうかがえます。
その後、子供たちは成長し、長男と次女が並んだ姿が話題になったこともありました。
2022年には、大友さんが2人の写真をSNSに投稿。
背丈がよく似ていたことから、双子に間違えられることもあると紹介されています。
◆エピローグ
2025年8月——。
大友愛さんの父親が亡くなりました。
同年9月、大友さんは自身のSNSで訃報を伝え、父親と手を握り合う写真を公開。

最期までかっこいいパパだった
と、感謝の思いをつづっています。
さらに、父親が最後に「愛がんばれ!」と声をかけてくれたことも明かしました。
その翌年、大友さんは離婚を公表し、新たな人生を歩み始めることを伝えています。
これからも、4人の子供たちを育てながら、それぞれの人生を大切にしていく大友さん。
その娘もまた、自分自身の力で夢をつかみ取ろうとしています。
父から娘へ、そして母から娘へ。
家族の形が変わっても、相手を思い、応援する気持ちは残ります。
父親の「がんばれ」という言葉を胸に、大友愛さんと子供たちの新たな歩みは続いていきます。
◇脚注・出典
- 月刊バレーボール(月バレ.com)2023年5月16日「大友愛 田舎の自然児がバレーボールにのめりこむまで」
- スポニチアネックス 2025年1月12日「共栄学園・秋本美空 父は柔道元世界王者 16歳で日本代表登録メンバーに」
- 日刊スポーツ 2025年6月7日「最年少の秋本美空が2戦連続で出場 解説の母・大友愛さん『鳥肌、鳥肌』興奮気味」
- 日刊スポーツ 2025年9月9日「大友愛さんが父の他界を報告『最期までかっこいいパパだった』」
- 日刊スポーツ 2026年3月10日「大友愛さん『来ない限りは教えたことはない』長女・秋本美空への教育方針を明かす」
- 日刊スポーツ 2026年10月1日「バレーボール大友愛さんが離婚発表『本当のことを知ってるのはごく僅かな方しかいません』」
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