プロ野球選手として活躍する、庄子雄大(しょうじ・ゆうだい)さん。
今回は、そんな庄子さんを支えてきた『家族』の物語です。

◆家族構成
庄子雄大さんの実家の家族構成は、父親、母親、姉、本人の4人家族です。
2024年のドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから2位指名を受け、プロ野球選手となりました。
父親と公園でキャッチボールをしていた少年は、やがてプロの世界へ。
その歩みを、家族はそばで見守り続けています。
◆実家・生い立ち
庄子雄大さんは、神奈川県横浜市旭区の出身です。
小学生の頃、同級生に誘われたことがきっかけで野球を始めました。
地元のオール川井野球倶楽部でプレーし、中学時代は中本牧リトルシニアに所属。
高校は名門の横浜高等学校へ進学しました。
高校卒業後は神奈川大学に進み、野球部で遊撃手として活躍。
2024年にはリーグ通算100安打を達成し、俊足を武器にプロからも注目される選手へと成長しました。
そして2024年10月24日、ドラフト会議で福岡ソフトバンクホークスから2位指名を受けます。
横浜で育ち、横浜の高校と大学で野球に打ち込んできた庄子さん。
地元で積み重ねた努力が、プロへの道につながりました。
◆父親・幹雄さんは息子の俊足を伸ばした
庄子雄大さんの父親は、幹雄さんです。
雄大さんの大きな武器といえば、プロ野球でも際立つ俊足。
その才能は、幼い頃から周囲を驚かせていました。
幼稚園のマラソン大会では、先生が幹雄さんに
めちゃめちゃ足が速いですね
と驚くほど。
小学生になると、当然のようにリレーの選手に選ばれていました。
息子の足の速さを知っていた幹雄さんは、中学生になった雄大さんに、陸上部で走り方を学ぶことを勧めます。
雄大さんは、硬式野球チームの中本牧シニアで練習する一方、野球の練習がない平日には陸上部にも通いました。
短距離や中距離の選手と一緒に、野球に生かせる走りのフォームを学んだのです。
持って生まれた才能をそのままにせず、さらに伸ばしていく。
幹雄さんの勧めは、雄大さんの武器を磨くきっかけの一つになりました。
父親が息子の成長を見守る中で、忘れられない出来事もあります。
横浜高校2年生の春、雄大さんは腰を痛め、何か月もの間、練習すらできない時期を過ごしました。
復帰したのは、秋の新チームで初めて行われた練習試合。
幹雄さんは、そこでの息子の姿に目を丸くします。
出塁した雄大さんは、大きなリードを取り、いきなり盗塁を決めました。
けがから復帰したばかりで、不安があってもおかしくない状況です。
それでも、そんなそぶりを見せずに走り出した息子の姿を、幹雄さんは鮮明に覚えていました。
雄大さんの強さは、足の速さだけではありません。苦しい時期を乗り越え、再びグラウンドに立つ精神力もまた、大きな武器だったのです。
そんな幹雄さんは、ロックバンドのB’zのファンでもあります。
雄大さんも幼い頃から、車の中でB’zの曲を聴いて育ちました。
プロ入り後、雄大さんは登場曲にB’zの「イチブトゼンブ」を選んでいます。
父親に、自分がプロ野球の舞台でプレーしていることを伝える意味もあったそうです。
幼い頃にキャッチボールをしてくれた父親。
息子の俊足を伸ばすために新たな挑戦を勧め、けがからの復帰も見守ってきた父親。
その父に、今度はプロ野球選手として走り続ける姿を届けています。
◆母親はプロ入りを喜び、息子を見守る
庄子雄大さんの母親の名前は、美枝子さんです。
2024年10月24日のドラフト会議で、雄大さんがソフトバンクから2位指名を受けたとき、母・美枝子さんは
夢が叶って嬉しいが、親元を離れるのは少し寂しいですね。
と、喜びと寂しさの入り交じった気持ちを語っています。
息子がプロ野球選手になるという夢をかなえた喜び。
そして、これまで身近にいた息子が、遠く離れた福岡で暮らすことになる寂しさ。
母親の言葉には、プロ入りを喜ぶ親心と、息子を送り出す気持ちの両方が表れています。
◆姉は弟の活躍を見守る
庄子雄大さんには、姉が1人います。
名前や年齢などの詳しいプロフィールは公表されていません。
しかし、地元で行われる試合には観戦に駆け付けるなど、弟の活躍を見守ってくれる存在です。
◆両親へ届けた親孝行
庄子雄大さんは、プロ野球選手となってから、両親への感謝を形にしています。
2025年、ソフトバンクはパ・リーグ連覇と日本一を達成し、優勝旅行でハワイを訪れました。
雄大さんは両親と一緒に旅行を楽しみ、日頃の感謝を込めてバッグをプレゼント。
さらに、両親が以前から行きたいと話していたステーキ店でごちそうしました。
そのとき、両親から言われたのが、
連れてきてくれてありがとう
という言葉でした。
雄大さんは、両親に感謝してもしきれないと語っています。
私立の高校や大学で野球を続けるには、費用もかかります。
それでも、本人の意思を尊重して支えてきた両親。
その支えがあったからこそ、今の自分があると感じているのでしょう。
◆エピローグ
2026年6月6日、横浜スタジアム——。
ソフトバンクは横浜DeNAベイスターズと対戦しました。
横浜で生まれ育った庄子雄大さんにとって、思い出の詰まった地元の球場です。
この日、雄大さんは5回表に勝ち越しの2点適時打を放ち、チームの勝利に貢献。
プロ入り後初めて、地元でのヒーローインタビューに立ちました。
スタンドには、母・美枝子さんと姉の姿がありました。
雄大さんは家族を見つけて手を振りましたが、母親が涙を流していたことには気づいていませんでした。
試合後、姉から
お母さん泣いてたよ
と教えられ、初めてそのことを知ったのです。
幼い頃、自宅前の公園で父親とキャッチボールをしていた少年。
その少年が成長し、プロ野球選手となって、家族の前で躍動する姿を見せました。
父親とのキャッチボールから始まった野球人生。
プロ入りを喜びながら、息子が遠くへ旅立つ寂しさも語った母親。
そして、弟の活躍を一緒に見守る姉。
あの日の母親の涙は、家族がともに歩んできた年月を感じさせる出来事でした。
家族に支えられて夢をかなえた庄子雄大さん。
今度は自分の活躍で、家族に喜びを届けていきます。
横浜の公園で始まった親子のキャッチボール。
その先に広がる夢は、これからも続いていきます。
◇脚注・出典
- タウンニュース 2024年10月31日 「横浜高出身 庄子選手がドラフト2位 ホークスから指名」
- タウンニュース 2024年11月28日 「ハマっ子から鷹の韋駄天へ」
- 日刊スポーツ 2026年6月6日 「【ソフトバンク】地元出身の庄子雄大が両親の前で決勝打、前田悠伍は立ち上がり苦しむも3勝目」
- 鷹フル 2026年6月19日 「後から知った“母の涙” 庄子雄大が思い出の地で躍動…立ちはだかる壁も『明るくやりたい』」
- 鷹フル 2025年12月20日 「両親と過ごした優勝旅行…庄子雄大が伝えた感謝『少し奮発して…』贈ったもの」
- スポニチアネックス 2026年9月27日 「ソフトバンク・庄子雄大 父に届ける『B’z』登場曲 家族思いの23歳『記念球』も届ける」



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