ソフトバンクとジャイアンツで活躍し、現在は侍ジャパンの監督を務める、小久保裕紀(こくぼひろき)さん。
今回は、そんな小久保監督を育み、支えてくれた『家族』にスポットを当てご紹介します。
◆母親の職業は?
小久保裕紀監督のお母さんの名前は、小久保利子さん。
年齢は、68歳になられます。
小久保監督が幼少のころに、元夫と離婚しますが、薬剤師の資格があったため、2人の息子を育てることができました。
和歌山県の第一薬局にお名前があるので、ここに勤められていたのでしょうね。
そうはいっても女手一つで生活するのは大変で、朝早くから夜遅くまで働き、誕生日やクリスマスもない生活でした。
小久保監督が野球を始めたのも、お母さんがきっかけです。
父親がいない家庭で子供を育てると、どこか甘えが出てしまうのではないか?
そう心配したお母さんが、厳しい指導で知られた和歌山市内の「砂山少年野球クラブ」への入部を勧めたのでした。
礼儀正しくあいさつができる子どもに育ってほしい、丈夫な身体に育ってほしい。
野球が上達するしないは二の次なのでした。
野球を始めたばかりのころ、
監督さんは僕ばかりしかる。行きたくない
と柱にしがみつき、泣きじゃくったことがありました。
母・利子さんは、ここで言うことを聞いてしまえば何事も中途半端になると思い、無理やり柱から引き離し、車に押し込みました。
お母さんは、当時の自分を
鬼親でした…
と振り返っています。
しかし、お母さんのこの行動がなければ、おそらく「プロ野球選手・小久保裕紀」は存在していなかったでしょう。
青山学院大への進学が決まり、新大阪駅に見送りに行った際は、息子が改札口をくぐった後、こっそり入場券を買います。
新幹線に乗り込む後ろ姿に
頑張って…
と声をかけ、母はわんわんと泣いたのでした。
◆弟の職業は?
小久保裕紀監督には2歳年下の弟がいて、名前は小久保隆也さん。
隆也さんも野球選手であり、高校野球の名門・智弁和歌山高校の投手として、1年夏、3年夏に甲子園出場を果たしています。
高校卒業後は、兄と同じ青山学院大を経て、社会人野球のホンダへと進みました。
現在はなんと、腹話術「いっこく堂」さんのマネージャーを務めています。
隆也さんは、かつて30歳の時、TBSスポーツバラエティ「SASUKE」に出場したこともあります。
ちなみに、当時29歳、再ブレイク前の有吉弘行さんも、この回に出場していました(*^_^*)
◆嫁と離婚して子供は?
小久保裕紀監督は、1995年に4歳年上の女性と結婚し、一男一女を授かりました。
子供の名前は、長男・直樹くん、長女・春菜ちゃんで、よく球団の練習などに顔を出しています。
しかし、2009年、13年の結婚生活に終止符を打つこととなりました。
離婚の原因は、小久保監督が女子アナと不倫したことだとされています。
子供は元奥さんが引き取ったため、小久保監督の引退試合に、子供さんの姿を見ることは出来ませんでした。
◆まとめ
小久保裕紀監督のお母さんは、
ヒットが出んかったら…
と考えると苦しくなるので、試合を生で見たことはほとんどありません。
2000本安打を達成した時も、球場には足を運びませんでした。
しかし、偉業を達成した息子に、母親らしい手紙を送っています。
2000本安打を達成しようと気を張った反動で、体が、がたがたと来るかもしれません。
だから、一番、掛けたい言葉は「おめでとう」ではないよ。
裕紀、お疲れさん。
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