【菰田陽生】の家族~父は元高校球児、母は元バレーボール選手…兄と目指す野球の頂点

野球選手として活躍する、菰田陽生(こもだ・はるき)さん。

今回は、そんな菰田さんを支えてきた『家族』の物語です。

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◆家族構成

菰田陽生さんの実家の家族構成は、父親、母親、兄、本人の4人家族です。

両親も兄もスポーツ経験者という菰田家。

陽生さんの成長を支えてきた家族には、それぞれの思いがありました。

◆実家・生い立ち

菰田陽生さんは、2008年〈平成20年〉12月21日、千葉県御宿町で生まれました。

出生時の体重は4560グラム。

3000グラムほどで生まれる予定だったそうですが、予想を大きく上回る大きさでした。

小学6年生の頃には身長が178cmまで伸び、現在は195.3cm。

恵まれた体格を生かし、投手として最速152km/hの速球を投げる一方、打者としても長打力を発揮する二刀流選手です。

野球を始めたのは、御宿町立御宿小学校に通っていた小学1年生のとき。

2学年上の兄・朝陽さんが地元の御宿少年野球クラブに入っていたこともあり、陽生さんも兄の後を追うように野球を始めました。

小学4年生の夏には、硬式野球の九十九里リトルリーグへ移籍。

中学時代は千葉西リトルシニアに所属しました。

中学卒業後は山梨県の強豪、山梨学院高等学校へ進学。

高校では投打の才能を開花させ、プロ野球界からも注目される存在となりました。

その成長の陰には、幼い頃から野球を支えてきた父親の存在がありました。

◆父親は元高校球児の看護師

菰田陽生さんの父親・英典さんは、愛知県の星城高等学校で野球部に所属していました。

投手、外野手、一塁手としてプレーした元高校球児です。

高校卒業後は、趣味のサーフィンを楽しむため、千葉県御宿町へ移住。

看護師として働き、後に妻となる理恵さんと出会いました。

2人の息子が野球を始めると、英典さんは送迎や練習の手伝いを通じて、野球に打ち込む環境を整えていきます。

兄弟が中学時代に千葉西リトルシニアでプレーしていた頃、練習場は千葉県佐倉市にありました。

自宅からは車で片道約1時間半。

英典さんは週末になると、朝5時前に軽バンを運転して家を出発し、息子たちを練習場へ送り届けました。

土日の送迎に対応できるよう、勤務先を替えたこともあったといいます。

さらに、英典さんは自宅の庭に、投球練習ができるスペースを設けました。

投手板から本塁までの距離は18.44m。息子が自宅でも本格的な投球練習に取り組めるよう、距離を確保した庭を作ったのです。

父親自身も野球経験者だからこそ、練習環境の大切さを知っていたのでしょう。

陽生さんは、父親からバッティングを教わってきたことについて、取材で次のように語っています。

お父さんには普段からバッティングを教えてもらっているので、打つことで感謝の気持ちを伝えたいです。

毎日のように積み重ねてきた父と息子の練習。

その感謝を、陽生さんは野球のプレーで返そうとしているのですね。

◆母親は元バレーボール選手

菰田陽生さんの母親・理恵さんは、高校時代にバレーボールの強豪校でプレーしていました。

現在は介護福祉士として働いています。

理恵さんは、子供たちがゲームばかりに夢中になるのではなく、自然の中で体を動かして育つことを大切にしていました。

自宅近くの海や、母方の実家近くの野山、田んぼを駆け回って遊んだ兄弟。

父親の趣味であるサーフィンにも親しみながら、たくましく成長していきました。

理恵さんは、息子たちが幼い頃の暮らしについて、外で思い切り遊んでいたことを振り返っています。

陽生さんは、父親が175cm、母親が167cmという家庭で、195cmを超える身長に成長しました。

理恵さんによれば、陽生さんは牛乳が苦手だったそうです。

その代わり、食事ではご飯を思う存分食べて育ちました。

日刊スポーツの2026年7月の報道では、1食で米を2~3合食べることもあると紹介されています。

大きな体を支えてきたのは、練習だけではありません。

日々の食事や、家族と過ごした時間も、陽生さんの成長を支えてきたのです。

◆兄・菰田朝陽も野球選手

菰田陽生さんには、2学年上の兄・朝陽さんがいます。

朝陽さんは拓殖大学紅陵高等学校を経て、上武大学へ進学。

大学でも野球を続け、外野手としてプレーしています。

陽生さんが野球を始めたのは、兄が地元の少年野球チームに入っていたことがきっかけの一つでした。

その後、兄弟はそれぞれのチームで経験を積み、中学時代には同じ千葉西リトルシニアに所属しました。

週末には父親の運転する車で練習へ向かう日々。

兄弟にとって、野球は幼い頃から生活の一部だったのです。

大学と高校で別々の生活を送るようになった今も、2人の交流は続いています。

陽生さんはインタビューで、寮生活を送る兄とは会う機会が少ないものの、試合前や試合のない日にも頻繁にLINEをしていると話しました。

帰省すれば家族みんなで仲良く過ごし、反抗期も特になかったそうです。

兄の朝陽さんも、テレビで見る弟の活躍には驚かされる一方、実家に帰ってくればいつもの弟だと語っています。

そんな兄弟の仲の良さが伝わるのが、年末年始の家族団らんのエピソードです。

実家に帰省した際、家族でゲームの「桃太郎電鉄」を10年プレーして盛り上がりました。

優勝したのは陽生さん。そして最下位は父・英典さんだったそうです。

グラウンドでは真剣に野球に打ち込む家族も、家ではゲームを囲んで笑い合う。そんな菰田家の日常が垣間見えるエピソードです。

◆祖父母が育てた米が成長を支えた

陽生さんの成長を語るうえで、母方の祖父母の存在も欠かせません。

理恵さんの実家は、千葉県大多喜町で米作りを営んでいます。

母方の祖父母は田畑で米を育て、兄弟が幼い頃から食卓を支えてきました。

父・英典さんは看護師として夜勤もあったため、朝陽さんと陽生さんは母方の実家で過ごす時間も多かったそうです。

理恵さんによると、兄弟は幼い頃から田植えから稲刈りまで、喜んで手伝っていました。

田んぼに入り、自然の中で体を動かす。そんな経験も、兄弟の成長を支える日々の一部でした。

そして、祖父母の家では、収穫した米を炊き、孫たちのために料理を用意してくれました。

陽生さんは、好きな食べ物について「親が作った食べ物」と答えています。

1食で米を2~3合食べることもあるという陽生さん。

その大きな体を支えてきた食卓には、両親だけでなく、祖父母の愛情も詰まっていたのですね。

◆エピローグ

陽生さんが父親への感謝を語るとき、印象に残るのは「打つことで感謝の気持ちを伝えたい」という言葉です。

父・英典さんは、週末の早朝から息子たちを練習場へ送り届け、自宅の庭にも投球練習ができる場所を作りました。

母・理恵さんは、食事を用意し、自然の中で遊びながら育つ環境を大切にしました。

母方の祖父母も、田んぼで米を育て、孫たちに温かな食卓を囲ませてきました。

そして兄・朝陽さんは、幼い頃から一緒に野球を続けてきた仲間であり、今も連絡を取り合う大切な存在です。

陽生さんが野球で活躍する姿の向こうには、家族が積み重ねてきた日々があります。

父が教えてくれたバッティングで、息子が感謝を返す。

その一打を、いつかスタンドから父や母、兄、祖父母が見守る日が来るのかもしれません。

家族に支えられて育った野球少年は、今、自分の力で次のステージへ進もうとしています。

◇脚注・出典

1.Full-Count 2025年8月17日「山梨学院怪物2年生の原点 小6で180cm、最速152km…“サーファー兼看護師”の父が激白『突然変異』」

2.Full-Count 2025年8月20日「牛乳嫌いでも身長194cm…山梨学院・菰田に“衝撃事実” 県大会で先発がゼロだった理由」

3.日刊スポーツ 2026年7月6日「【高校野球】山梨学院・菰田陽生は生まれた時から規格外『身長が高いのは自分の好きなところ』」

4.J:magazine! 「MLBスカウトも注目!大谷翔平を追う194cm二刀流プレーヤー・菰田陽生選手」

5.スポーツナビ 2026年10月13日「U-18侍J漏れが強くした二刀流への思い 山梨学院・菰田、プロ志望の舞台裏」

6.ドラフト会議ホームページ 「【来秋ドラフト候補】上武大・菰田朝陽選手が弟・菰田陽生と誓う『兄弟日本一』」

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