【森岡毅】の家族~人生の指針となった父の教え…就活に悩む長女へ贈る一冊の本

マーケターとして、数々の企業やテーマパークの再建に携わってきた、森岡毅(もりおか・つよし)さん。

今回は、そんな森岡さんを取り巻く『家族』の物語です。

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◆家族構成

森岡毅さんの実家の家族構成は、父親、母親、兄、本人、妹の5人家族です。

森岡さんは3人きょうだいの真ん中で、兄は1歳年上、妹は5歳年下になります。

その後、結婚し、4人の子供の父親となりました。

家族構成をまとめると、次のとおりです。

  • 父親
  • 母親
  • 兄(1歳年上)
  • 森岡毅さん
  • 妹(5歳年下)
  • 妻
  • 子供4人

妻や子供たちの詳しいプロフィールは公表されていませんが、森岡さんは子育てについても積極的に発信しています。

◆実家・生い立ち

森岡毅さんは1972年〈昭和47年〉10月12日、母親の実家があった福岡県北九州市で生まれました。

その後、兵庫県伊丹市で育ちます。

両親はともに保守的で真面目な人柄でした。

会社勤めの父親は社交的で粘り強く、母親は料理上手で優しい人だったそうです。

裕福な家庭ではありませんでしたが、森岡さんは自分の家庭を「四角い家庭」と表現しています。

一方、幼少期の森岡さんは、周囲と同じ行動をするのが苦手な子供でした。

小学校時代、マラソン大会に向けてクラス全員で練習するよう先生から言われても、好きな本を読んだり、友達とドッジボールをしたりしていました。

先生から「なんでみんなと同じことができないの!」と叱られると、

なんでみんなと同じことをしなくちゃいけないんですか

と反論したこともあります。

やりたいことには夢中になる一方、やりたくないことにはどうしても取り組めない。

そんな少年時代を過ごした森岡さんでした。

◆父親「迷ったときは厳しいほうを取れ」

森岡毅さんの父親は会社勤めをしていた一般の方です。

名前や生年月日は公表されていません。

厳格な性格で、森岡さんに人生の指針となる言葉を教えていました。

それが、

迷った時は厳しいほうを取れ

という言葉です。

この教えが単なる精神論ではなかったことを、森岡さんは父親の行動を通して知ることになります。

森岡さんが大学生だった頃、父親の勤務先が倒産してしまいました。

給料が出なくなったにもかかわらず、父親は会社に通い続けます。

そして、自分自身の就職先も決まっていない状況で、来る日も来る日も部下たちの再就職先を探すために奔走したのです。

当時の森岡さんは、父親のことを要領の悪い人だと思っていました。

しかし、後になって、その行動の意味を理解するようになります。

自分が苦しい状況に置かれても、部下たちのために行動する。

父親は言葉だけでなく、生き方そのもので「厳しいほうを選ぶ」ということを教えていたのですね。

森岡さんは後年、父親について、

父親は言葉で多くは語りませんでしたが、生き方自体を1つの重要なパースペクティブとして私に与えてくれました。

と振り返っています。

USJの再建や、マーケティング会社「刀」の設立など、難しい挑戦を選び続けてきた森岡さん。

その根っこには、父親の生き方がありました。

◆母親は料理上手で優しい人

森岡毅さんの母親は、料理上手で優しく、内向的な性格の女性です。

名前や生年月日は公表されていません。

父親が社交的で粘り強い性格だったのに対し、母親は穏やかな人柄でした。

両親は対照的な性格ながら、真面目に家庭を築いてきたそうです。

森岡さんの少年時代を支えたのは、そんな両親でした。

◆兄と妹

森岡毅さんには、1歳年上の兄と、5歳年下の妹がいます。

3人きょうだいの真ん中として育ちました。

兄と妹については、名前や職業などの詳しい情報は公表されていません。

◆妻との間に子供が4人

森岡毅さんは結婚しており、妻との間に4人の子供がいます。

妻の名前や結婚年月日など、詳しいプロフィールは確認できません。

森岡さんは4人の子供を育てた経験から、独自の子育て論を持っています。

2018年のNewsPicksのインタビューでは、親が子供にできることの1つとして、子供の「パースペクティブ」を広げる手助けを挙げました。

パースペクティブとは、物事を見る視野や観点のこと。

親が自分の価値観を押しつけるのではなく、子供自身が世界の広さを知り、自分の可能性を広げられるようにすることが大切だと語っています。

4人の子供を育てる中で培われた、森岡さんなりの教育哲学なのですね。

◆長女の誕生が仕事への転機に

森岡毅さんの長女が生まれたのは、森岡さんがP&Gに入社して2年目の頃でした。

当時の森岡さんは、仕事で壁にぶつかっていました。

周囲には、商品のヒットにつながるコンセプトを感覚的につかめる優秀なマーケターが大勢いました。

しかし、同じように振る舞おうとしても、なかなかうまくいきません。

そんな苦しい時期に、長女が誕生します。

森岡さんは、娘の姿を見て、

この子のために頑張って会社で生き残らなければ

と思ったそうです。

そして、自分の苦手な部分を克服することばかり考えるのをやめ、自分の得意な数学を生かす方向へと発想を転換しました。

数学を使ってマーケティングの課題を解決する。

この試行錯誤が、後の森岡流マーケティングにつながっていきます。

娘の誕生は、森岡さんにとって父親になった喜びだけでなく、仕事への向き合い方を変えるきっかけにもなったのでした。

◆エピローグ

2019年4月、森岡毅さんは著書『苦しかったときの話をしようか』を出版しました。

実はこの本、もともとは就職活動を控えた長女のために書き始めたものでした。

社会に出ようとする娘に、キャリアについて自分の考えを伝えたい。

しかし、面と向かって話し合うと、お互いに冷静になれません。

そこで森岡さんは、自分の経験や考えを文章にして伝えることにしたのです。

最初から出版するつもりはありませんでした。

ところが、その原稿を読んだ編集者が深く感動し、世に出すことを強く勧めます。

こうして、1人の娘に向けて書かれた文章が、多くの読者に届けられる一冊の本になりました。

父親からは、厳しい道を選ぶ生き方を背中で教わった森岡さん。

今度は自分が父親となり、娘に人生の歩き方を伝えようとしたのですね。

父から子へ受け継がれた教えは、森岡さんの言葉となり、やがて家族の外へも広がっていきました。

◇脚注・出典

  1. 集英社オンライン 2026年1月15日 「普通の人ができることを、圧倒的にできない子と思われていた」USJをV字回復させた男・森岡毅の“思想”と“出発点”
  2. 致知出版社 2019年12月24日 USJをV字回復させた森岡毅が、いまを生きる20代へ贈るメッセージ
  3. NewsPicks 2018年12月20日 未来の子育て。森岡毅、親ができることは3つ(1)
  4. 日経BOOKプラス 2025年7月31日 ジャングリア沖縄開業の刀・森岡毅氏「我々はまだ何も達成していない」
  5. ダイヤモンド・オンライン 2019年4月16日 面接とは、自分を印象付けるゲームである 森岡毅インタビュー[3]
  6. 神戸新聞NEXT 2020年2月23日 「神戸の未来はやばい」USJ再建のマーケター森岡毅さん
  7. テレビ東京「カンブリア宮殿」 2021年8月19日 刀 CEO 森岡毅氏

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