中国企業“500ドットコム”の元顧問である紺野昌彦氏。
今回は、そんな紺野氏の父親や母親など『家族』にスポットを当て、ご紹介します。
【本人プロフィール】
名前:紺野昌彦(こんの・まさひこ)
生年月日:不明
年齢:48歳 ※2020年1月現在
出身:兵庫県西宮市
最終学歴:京都両洋高等学校
◆父親は維新の室井邦彦議員
①父親は室井邦彦氏
紺野昌彦氏の父親は、日本維新の会に所属する参議院議員の室井邦彦氏です。
【プロフィール】
名前:室井邦彦(むろい・くにひこ)
生年月日:1947年4月10日
年齢:72歳 ※2020年1月
出身:京都府京都市
最終学歴:追手門学院大学(中退)
17日間本当にありがとうございました。
渾身の力で頑張りました。
むろい邦彦に今一度のお力をお貸しください。
投票用紙の2枚目には「むろい」とお書きいただきますようお願いします。#むろい邦彦 #むろい #参議院全国比例 #日本維新の会#1枚目の投票用紙は清水貴之#2枚目の投票用紙はむろい pic.twitter.com/hlGFVAxfp5— むろい邦彦公式アカウント (@muroi9215) July 20, 2019
室井邦彦氏は京都の生まれですが、幼少期に尼崎に移り、尼崎市立大島小学校、尼崎市立大庄北中学校、兵庫県立尼崎西高等学校を卒業しました。
大学は追手門学院大学文学部で東洋史を専攻しますが、Wikipediaによると中退されているようですね。
その後、家業の運送会社などを経て、1983年、尼崎市議会議員に初当選。
1991年に兵庫県議会議員、2003年に衆議院議員と、順調にステップアップしています。
②父親と名字が異なる理由
紺野昌彦氏の父親が室井邦彦氏であることは分かりましたが、名字が違うのはなぜでしょう?
実は紺野氏は、室井議員が24歳の時に「ある女性」の間に生まれた婚外子だったのです。
室井議員は「ある女性」と結婚する気持ちでしたが、室井議員の両親が許可しませんでした。
そこで室井氏は子供を認知し、養育費などもしっかり支払ったということです。
あくまで室井氏の言い分ですが…。
③父親との面会は48年間で1時間半のみ
室井邦彦氏によると、紺野昌彦氏と会ったのは、48年間で2回のみということです。
一度目は2008年ごろ、紺野さんの母親(ある女性)から
(紺野氏は)沖縄で手広く事業をやっている。一度、会ってほしい
と連絡があった時です。
子供の成長を喜び、東京で会ったのですが、紺野氏から『おカネ』の相談をされたガッカリしたのだとか。
二度目はそれから1~2年後に沖縄で会いましたが、紺野氏はだいぶ雰囲気が変わっていたそうです。
それ以降、2人が会うことはなく、面会時間の合計は1時間半くらいだとか。
成人後はいざ知らず、紺野氏の幼少期には、寂しい思いもしたのではないでしょうか。
◆母親は誰なのか?
①母親は室井秀子氏ではない
紺野昌彦氏の母親である「ある女性」とは、いったい誰なのでしょうか?
少なくとも、室井邦彦氏の妻である室井秀子氏ではなさそうです。
【プロフィール】
名前:室井秀子(むろい・ひでこ)
生年月日:1955年10月14日
年齢:64歳 ※2020年1月
出身:福岡県三池郡高田町
最終学歴:西南学院大学法学部
室井秀子氏は結婚後、政治家の妻として夫を支えてきましたが、2007年の兵庫県議会議員選挙に出馬し当選。
2009年の衆議院議員総選挙に民主党から出馬し当選しましたが、2012年の衆議院議員総選挙で落選しています。
②母親は誰なのか?
紺野昌彦氏の母親は、紺野氏のFacebookでうかがい知ることができます。
名前や顔画像もありますが、ここでは差し控えておきます。
母親は大阪市出身となっていますので、関西出身の室井邦彦氏との出会いがあったのでしょう。
現在は紺野氏と同じく、那覇市に在住のようですね。
紺野氏のほかに娘もいて、娘さんはアメリカ海兵隊出身の男性と国際結婚を果たしています。
可愛いハーフのお孫さん(女の子)も生まれていて、紺野氏から見ると姪っ子になるのですね。
◆まとめ
これまで見てきたとおり、紺野昌彦さんの活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。
これからも家族の応援を胸に、紺野さんの挑戦は続いていきます(^o^)丿
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