歌舞伎俳優として活躍する、六代目 中村児太郎(なかむら・こたろう)さん。
今回は、そんな中村児太郎さんを取り巻く『家族』の物語です。

◆家族構成・家系図
中村児太郎さんの実家の家族構成は、父親、母親、本人、妹の4人家族です。
父親は九代目中村福助さん、祖父は人間国宝の七代目中村芝翫さんという、歌舞伎の名門・成駒屋の家系に生まれました。
児太郎さん自身も2021年に結婚していたことが報じられています。

◆実家・生い立ち
中村児太郎さんは1993年〈平成5年〉12月23日、東京都で生まれました。
本名は中村優太さん。
1999年11月、5歳のときに歌舞伎座『壺坂霊験記』の観世音で初お目見得を果たします。
翌2000年9月には、歌舞伎座『京鹿子娘道成寺』の所化などを演じ、六代目中村児太郎を襲名して初舞台を踏みました。
学業は青山学院で続け、小学校5年生からはラグビーを始めています。
中学校、高校でもラグビー部に所属し、歌舞伎とスポーツの両立に励みました。
歌舞伎の名門に生まれながら、学生時代はラグビーに熱中していたのですね。
◆父親・九代目 中村福助
中村児太郎さんの父親は、歌舞伎俳優の九代目 中村福助(なかむら・ふくすけ)さんです。
福助さんは1960年〈昭和35年〉10月29日生まれ。
本名は中村栄一(なかむら・えいいち)さんといいます。
1967年に五代目中村児太郎を名乗って初舞台を踏み、1992年4月、九代目中村福助を襲名しました。
女方として数々の大役を務め、1993年には長男の優太さん、現在の児太郎さんが誕生しています。
児太郎さんが小学生の頃、父・福助さんは息子がラグビーを始めることに反対しませんでした。
その理由について、児太郎さんは、父自身が野球をやりたかったのに禁止された経験があったため、子供には好きなことをさせたいと思っていたようだと語っています。
自分ができなかったことを、息子には自由に経験させてあげたい。
そんな父親の思いが伝わってきますね。
父を襲った突然の病
2013年11月12日、福助さんに突然の異変が起こります。
歌舞伎座での公演を終え、妻・香璃さんが運転する車で帰宅した際、福助さんは「頭が痛い」と訴え、車の座席に倒れ込んでしまいました。
香璃さんはただならぬ様子に気づき、夫を病院へ搬送します。
診断は脳出血でした。
大規模な出血により生命の危機に陥り、緊急手術を受けることになります。
当時19歳だった児太郎さんも病院に駆けつけました。
医師から告げられたのは、生きるか死ぬか、助かっても車いすになる可能性があるという厳しい見通し。
児太郎さんは、当時の心境をテレビ朝日の取材で振り返っています。
福助さんは一命を取り留めましたが、右半身のまひと失語症という重い後遺症が残りました。
2014年春に予定されていた七代目中村歌右衛門の襲名も延期となります。
◆母親・中村香璃さん
中村児太郎さんの母親は、中村香璃(なかむら・かおり)さんです。
父・福助さんとは1990年、歌舞伎座第1回八月納涼歌舞伎上演の頃に出会い、1992年6月に結婚しました。
挙式は6月27日、父・七代目中村芝翫と同じ東京會舘にて行われています。
◆祖父・七代目 中村芝翫
中村児太郎さんの祖父は、七代目 中村芝翫(なかむら・しかん)さんです。
1928年〈昭和3年〉3月11日、東京都生まれ。
本名は中村栄次郎(なかむら・えいじろう)さんです。
1933年、四代目中村児太郎を名乗って初舞台を踏み、1941年に七代目中村福助、1967年に七代目中村芝翫を襲名しました。
女方として高い評価を受け、1996年には重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されています。
2011年〈平成23年〉10月10日、83歳で亡くなりました。
祖父から父へ、そして父から児太郎さんへ。
成駒屋の芸は、こうして世代を超えて受け継がれてきました。
◆妹
中村児太郎さんには妹が1人いて、名前は中村佳奈(なかむら・かな)さん。
1996年〈平成8年〉1月24日生まれです。
妹の佳奈さんにも歌舞伎の舞台経験があります。
2004年9月、歌舞伎座の『恋女房染分手綱』に出演し、祖父の七代目中村芝翫さんと共演しました。
当時8歳だった佳奈さんが演じたのは、調姫という役。
祖父と孫が同じ舞台に立った、成駒屋にとって思い出深い出来事でした。
◆結婚と近年の報道
中村児太郎さんは、2021年に一般女性と結婚していたことが、2025年6月の週刊誌報道で明らかになりました。
妻の氏名や生年月日は公表されていません。
その後、妻への暴力に関する報道があり、児太郎さんは2025年7月、公式サイトを通じてコメントを発表しました。
報道内容について自身の認識と食い違う点があるとしたうえで、当事者間の関係の収束に向けた話し合いを優先する考えを示しています。
さらに2026年10月21日には、知人女性への傷害容疑で逮捕されていたことが報じられました。
報道によると、児太郎さんは逮捕翌日に釈放され、その後も任意捜査が続いているとされています。
11月2日配信の『デイリー新潮』の取材では、本人が逮捕された事実と女性に手を出したことを認め、被害女性への謝罪と示談交渉を進めていると説明しました。
なお、逮捕と有罪判決は別のものであり、今後の捜査や司法手続きの行方を見守る必要があります。
◆エピローグ
2013年11月、父・福助さんが脳出血で倒れたとき、児太郎さんはまだ19歳でした。
父は右半身のまひと言葉の障害を抱え、歌舞伎の舞台に戻れるかどうかも分からない状態でした。
それでも、福助さんは歌舞伎への思いを失いません。
左手のこぶしを握り締めながら、
とにかくもう一回、もう一回、歌舞伎やりたい
と、リハビリに励みました。
その願いを、妻の香璃さんと息子の児太郎さん、そして医療スタッフが支え続けます。
そして2018年9月、福助さんは歌舞伎座の舞台に帰ってきました。
倒れてから4年10か月。
演目は『金閣寺』で、慶寿院尼を演じました。
幕が開き、福助さんの姿が現れると、客席から大きな拍手が沸き起こります。
父が再び舞台に立つ日を信じていた母。
19歳から父のリハビリを支えてきた息子。
そして、もう一度歌舞伎を演じたいと願い続けた父。
あの日の拍手には、舞台に戻ってきた役者への称賛だけでなく、家族がともに歩んだ長い年月への思いも込められていたのでしょう。
◇出典
- 歌舞伎俳優名鑑 中村児太郎プロフィール・芸歴
- 公益社団法人日本俳優協会 七代目中村芝翫プロフィール
- テレビ朝日 2021年3月13日「失語症・右半身まひ乗り越え舞台へ『奇跡は起きる』歌舞伎役者・中村福助の闘い」
- テレ朝POST 2021年10月9日「“言葉を失った”歌舞伎役者・中村福助。『もう一回、歌舞伎をやりたい』8年間の闘い」
- スポニチアネックス 2018年7月4日「中村福助『九月大歌舞伎』で舞台復帰 脳出血リハビリ4年10カ月ぶり」
- サンスポ 2022年8月7日「中村福助『新しい姿お見せする』児太郎『父にとって大きい』初の親子会9日開幕」
- 日刊スポーツ 2026年10月22日「中村児太郎が傷害容疑で逮捕されていた」
- デイリー新潮 2026年11月2日「顔をわしづかみ、平手打ち…女性暴行で逮捕の『歌舞伎界のサラブレッド』が事件を弁明」




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