プロ野球選手として活躍する、度会隆輝(わたらい・りゅうき)さん。
今回は、そんな度会さんを取り巻く『家族』の物語です。

◆家族構成
度会隆輝さんの実家の家族構成は、父親、母親、兄、本人の4人家族です。
プロ野球選手の父の背中に憧れ、兄の影響で野球を始めた隆輝さん。
高校時代にはプロ入りの夢がかなわず、悔しい思いを経験しました。
しかし、家族の支えを力に変え、3年後には3球団競合のドラフト1位指名を勝ち取っています。
◆実家・生い立ち
度会隆輝さんは、千葉県市川市の出身。
父親がプロ野球選手という環境で育ち、3歳の頃から野球を始めています。
きっかけは、3歳年上の兄・基輝さんでした。
兄の影響でバットを握った隆輝さんは、やがて本格的に野球へ打ち込むようになります。
小学生時代は野球チームでプレーし、中学では佐倉リトルシニアに所属。
中学3年生のときには、ジャイアンツカップで優勝を経験し、侍ジャパンU-15代表にも選ばれました。
高校は、野球の名門である横浜高等学校へ進学。
1年生からベンチ入りし、夏の甲子園に出場しました。
2年生の春にも甲子園の舞台を経験しています。
順調に成長してきた隆輝さんでしたが、高校3年生の2020年、人生の大きな壁にぶつかりました。
10月26日のドラフト会議でプロ志望届を提出していたものの、最後まで名前は呼ばれなかったのです。
◆父親・度会博文さん
度会隆輝さんの父親は、度会博文(わたらい・ひろふみ)さんです。
千葉県出身で、八千代松陰高等学校、中央学院大学を経て、1993年のドラフト会議でヤクルトから3位指名を受けました。
1994年に入団すると、内野手として2008年まで15年間プレー。
チームを支える選手として活躍しました。
現役引退後も野球に携わり、東京ヤクルトスワローズのベースボールアカデミーで指導に当たっています。
隆輝さんにとって、父はずっと憧れの存在でした。
しかし、自らもプロ野球選手を目指した隆輝さんは、2020年のドラフト会議で指名漏れを経験します。
父も母も兄も見守る中、自分の名前が呼ばれなかった悔しさは、簡単に消えるものではありませんでした。
そんな息子に、父・博文さんは、
お前なら大丈夫だから切り替えて、また絶対社会人で頑張ってプロに行けるから、お前ならできるから頑張れ
と励まします。
隆輝さんは、この言葉に背中を押され、ドラフト会議の翌日から素振りを再開しました。
進路として大学ではなく社会人野球を選んだのも、1年でも早くプロ入りを実現したかったからです。
父の背中を追うだけではなく、自分自身の力で夢をつかむ。
隆輝さんは、ENEOSで再びプロ入りを目指す道を選びました。
◆母親・度会祥子さん
度会隆輝さんの母親は、度会祥子(わたらい・さちこ)さんです。
息子たちの野球を支えるため、祥子さんは実家の庭にバッティングゲージを手作りしました。
ネットや動画で作り方を調べ、単管パイプなどの資材を調達。
ホームセンターへ買い出しに行く際には、2トントラックまで自ら運転したといいます。
そうして約1か月かけて完成させたのが、息子たちが思い切り打撃練習できる環境でした。
父・博文さんは右打ちですが、兄の基輝さんと隆輝さんは左打ちです。
祥子さんは2人の練習相手となり、毎晩のようにトスを上げました。
隆輝さんが中学生になると、所属していた佐倉リトルシニアへの送迎も担当。
高校、社会人と進んでからも、家族は変わらず息子を応援し続けました。
隆輝さんは母について、

父が忙しかった分、母がさまざまなことを補ってくれた
と感謝しています。
そして2023年10月26日、再びドラフト会議の日を迎えました。
社会人野球のENEOSで成長した隆輝さんは、中日、横浜DeNA、千葉ロッテの3球団から1位指名を受けます。
抽選の結果、交渉権を獲得したのは横浜DeNAベイスターズでした。
3年前には届かなかった夢を、ついにつかみ取ったのです。
指名直後、隆輝さんは家族と対面すると涙が止まりませんでした。
母・祥子さんも涙を流し、息子を抱きしめます。
庭のバッティングゲージで振り続けたバットが、ついにプロ野球への道を切り開いた瞬間でした。
◆兄・度会基輝さん
隆輝さんには、3歳年上の兄・度会基輝(わたらい・もとき)さんがいます。
基輝さんも野球に打ち込み、拓大紅陵高等学校、中央学院大学を経て、2022年から社会人野球のJPアセット証券でプレーしました。
隆輝さんが3歳から野球を始めたのも、兄の影響でした。
兄弟はともに左打ちで、幼い頃から野球に親しんできました。
実家では母が2人の練習に付き合い、父も野球経験者として息子たちを見守っていました。
2020年に隆輝さんがドラフト指名を逃したときも、家族はそばで支え続けました。
そして3年後、弟は念願のプロ入りを果たします。
兄もまた、野球に携わる道を歩んでいます。
◆エピローグ
2026年6月——。
明治神宮野球場で母・祥子さんがファーストピッチセレモニーに登場しました。
このとき、捕手を務めたのは、兄・基輝さんです。
当時、基輝さんは球場の販売部で働いており、母は球場外周でコーヒーを販売していました。
父がヤクルトの球団関係者として見守る中、母が投げ、兄が受ける。
プロ野球選手となった隆輝さんを中心に、家族それぞれが野球とのつながりを持ち続けていることが伝わる一幕でした。
家族の応援を胸に、度会さんの挑戦は続いていきます。
◇脚注・出典
- TBS NEWS DIG 2023年10月24日「3年前は指名漏れ・・・父子鷹を目指すドラフト1位候補の度会隆輝 打率4割超の秘密は母手作りの“バッティングゲージ”」
- TBS NEWS DIG 2023年10月26日「【ドラフト会議】DeNA1巡目 度会隆輝『父を越えた時が初めて親孝行』支えてくれた両親に感謝の涙」
- 日刊スポーツ 2023年10月26日「【ドラフト】DeNA1位ENEOS・度会隆輝、父で元ヤクルト博文氏は『ずっと憧れの存在』」
- 週刊ベースボールONLINE 2023年1月23日「度会隆輝(ENEOS)社会人2年で得たコンタクト力『ドラフト1位を目指しながら、出場する大会で優勝する』」
- 日本野球機構(NPB)公式サイト「度会隆輝 個人年度別成績」
- 日刊スポーツ 2026年6月3日「【ヤクルト】DeNA度会隆輝の母&兄がファーストピッチ『球場で働く人』父博文氏は見守る」




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