SMAPの解散後も注目され続ける男、木村拓哉さん。
カラオケの十八番は兄弟船です!
今回は、そんな拓哉さんを育み、支えてくれる『家族』にスポットを当て、ご紹介します。
生年月日:1972年〈昭和47年〉11月13日
身 長:176cm
血液型 :O型
出身地 :東京都
◆父・木村秀夫さん
木村拓哉さんのお父さんの名前は、木村秀夫さん。
父・秀夫さんの職業は、元々は川島織物という老舗の内装・和装の会社に勤めていました。
拓哉さんは、1996年に写真集「木村拓哉」を出していますが、出版は川島織物の子会社である川島インターナショナルとなっています。
その後、お父さんは脱サラしたのでしょうか、ラ・ポニータという名前のレストランを経営し、東京都と神奈川県に出店しました。
経営は順調でしたが、ファンやメディアが押し寄せ、お父さんも体調を崩したため、現在では閉店しています。
父・秀夫さんは、メディアで核心に迫る発言をしたことがあります。
42歳(当時)にもなって、いつまでもキムタクのままではいられないだろうから。俺は飽きた(笑)。潰れたら潰れたでいいんだよ。
拓哉さんが、ドラマや映画で「キムタク=カッコいい役」から脱皮できない状況を、的確に指摘したのですね。
しかし、厳しい言葉は、親心の裏返し。
父・秀夫さんは、息子が壁を乗り越え、一回り大きな役者へと成長する姿を、確信しているのでしょう。
◆母・木村方子さん
木村拓哉さんのお母さんの名前は、木村方子(きむら・まさこ)さん。
「悠方子」さん、「まさ子」さん、と表記される場合もあるようですね
年齢は、秀夫さんより1歳年下になります。
母・方子さんは、男の子2人を育てていますが、その過程をこう振り返っています。
子供も成長していろんな自我が出てきて。そうすると私も自我が出てきて。そこで知らなかった自分、抑え込んでいた自分も出てきた。
芽生えた自我は、方子さんの行動を活発にしました。
2005年には、自身がプロデュースする薬膳イタリアン「リストランテ・いな田」を経営し、「イタリア薬膳を召し上がれ」という著作も手掛けます。
2009年に店は閉めますが、食育などをテーマにした講演活動を積極的に行い、この頃からスピリチュアルに傾倒。
スピ系アーティストと共演したり、「宇宙神」の信奉者と一般社団法人を設立するなど、精力的に活動しています。
また、方子さんは「アムウェイ」のディストリビューターも務めています。
そのためか、拓哉さんは週刊誌のインタビューで
今一番のお気に入りがアムウェイ製品で、全部揃えている
と話したこともあるそうです。
方子さんは、美顔器の「サキナ」の愛用者でもあり、その販売にも関わっているのだとか。
これらの活動には賛否両論ありますが、「良い」と思うものを「伝える」という意味において、お母さんの活動は一貫していますね。
◆弟・木村俊作さん
木村拓哉さんには弟がいて、名前は木村俊作さん。
愛称はキムサクだそうです
1979年〈昭和54年〉7月29日生まれなので、拓哉さんより7歳年下になります。
俊作さんは、東京堀越高校時代にアメフトを始め、日本体育大学でもアメフト選手として活躍。
卒業後はアサヒビールシルバースターに入団し、2003年、ドイツで開催されたアメフトW杯に日本代表として参加しました。
キムタクの弟アメフトしてたんか!
しかも元日本代表とかやば(笑)
SMAP木村拓哉の弟、『木村俊作』のことが2分でよく分かる – NAVER まとめ http://t.co/G3OB0FRK3N pic.twitter.com/EHBq73djgR— Taro (@tr_kswg0222) November 4, 2013
しかもその年、日本代表は優勝を決めており、本場アメリカが参加していないとはいえ、俊作さんの実力はワールドクラスと言えますね。
俊作さんは、アメフト選手として活躍する傍ら、ファッションデザイナーとしても活躍しています。
2003年には、高校の同級生の協力を得て、
“SHUIP SYMPATHY(シュイップシンパシー)”
の第1号店を東京都渋谷区宇田川町にオープンさせました。
私生活では2004年5月に、高知県出身の女性と入籍されています。
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