松山英樹の『家族』~結婚と子供誕生を公表!実家・父親の職業は?

米国を主戦場に活躍する、プロゴルファーの松山英樹(まつやま・ひでき)選手。

今回は、そんな松山選手を育み、支えてくれる『家族』にスポットを当て、ご紹介します。 

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◆実家・父親の職業はパチンコ業?

松山英樹選手は、愛媛県松山市の出身です。

実家のお父さんの名前は、松山幹男さん。

1954年4月20日生まれなので、今年(2017年)で63歳になります。

父・幹男さんの職業は、地元のパチンコチェーンの店長さん。

幹男さんは、たまに仲間内のコンペに誘われると、付け焼刃のように練習場へ球を打ちに行く程度のゴルファーでした。

そして、父・幹男さんの練習に付いて行った、当時4歳の英樹さんは、運命の言葉を放ちます。

僕もボールが打ちたい!

幹男さんは、中古の9番アイアンを短く切って、英樹さんに与えました。

しかし、いくらシャフトを短くしても、4歳の子では振ればふらつき、姿勢が悪くなります。

それを矯正して、背筋が真っ直ぐになるように注意するのが、父・幹男さんによるレッスンの基本でした。

おもちゃを与えても、すぐに友達にあげてしまうほど、英樹さんは執着心のない子供でした。

しかし、なぜかゴルフだけはまったく飽きず、原っぱで黙々とボールを打って遊んでいたといいます。

松山選手の家庭はそれほど裕福ではなく、練習場へも滅多に連れて行くことはありませんでした。

しかし、ゴルフに夢中になっている息子のために、幹男さんは一大決心をします。

自分もゴルフがもっとうまくなって、この子に上の世界を見せてあげよう…

ゴルフ場の会員になり、月例や研修会に出るようになった父・幹男さんは、必ず息子を連れて行きました。

やがて幹男さんの腕前は、クラブレベルから四国レベルへ上がり、ついには52歳にして、『日本アマチュア選手』に初出場するまでに。

松山選手が小学4年生のとき、幹男さんは『中四国オープン』に出場し、息子をキャディとして帯同します。

『日本アマチュア選手権』のときも、キャディは中学3年の松山選手でした。

息子を帯同キャディにした理由を、幹男さんはこう語ります。

強い選手がどんなプレーをするのかを息子に、間近で見せたかった。
どんなタイミングでアドレスに入るのか。
それが乱れるのはどんなときなのか。
私が英樹に一番見せたかったのは、技術よりメンタルです。
それが試合の中でどう変わるかとか。
呼吸がどう変わるかとかルーティーンの変化です…

物怖じしないゲーム運びで、ギャラリーを魅了する日本の若き新星は、こうして育てられたのでした。

◆母親

松山英樹選手のお母さんの情報はほとんどありませんが、ご健在で、全米ツアーの応援などには、家族と出掛けているそうです。

◆姉の画像!

松山英樹選手にはお姉さんがいて、名前は松山美瑚(まつやま みこ)さん。

年齢は、英樹さんより1歳年上なので、今年(2017年)で26歳になります。

お姉さんもゴルファーで、現在は「愛媛県エリエールゴルフクラブ松山」にハウスキャディーとして所属。

160411_松山英樹の家族

画像、右側がお姉さんですが、色白で美人タイプですね(#^^#)

◆妹

松山英樹選手には妹もいますが、妹の情報も公開されていません。

◆結婚と子供誕生を公表!

2017年8月14日、松山英樹選手は、結婚して子供が生まれたことを発表しました。

お相手は一般女性で、すでに2017年1月に入籍、7月に第1子を出産していたということです。

発表が半年以上遅れたことについては、

妻は一般女性であり、出産前後の母子のプライバシー、および安全を考慮いたしまして、このタイミングでのご報告となりました事をご理解いただければ幸いです

と説明しました。

松山選手はこの日、全米プロ選手権で奮闘し、最終日に一時は単独トップに立ったがバックナインで崩れ、結果は5位。

海外メジャー初制覇はお預けとなりました。

結婚と子供誕生の公表に、花を添えたい気持ちがあったのでしょう。

ラウンド後、松山選手は珍しく涙を見せていました。

◆まとめ

2014年11月24日、愛媛県松山市に、ゴルフ練習場「HIDEKI  GOLF  GARDEN」がオープンしています。

この練習場、元は、松山英樹選手が幼少時に、足しげく通った練習場「オーシャンゴルフ」でした。

幼少期の英樹さんを育てた練習場から、第2・第3の「松山英樹」が誕生する日が来るかもしれません!

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