2019年4月8日、お色気医事漫談で知られるケーシー高峰さんが亡くなりました。
今回は、生前のケーシーさんを支えた『家族』をご紹介し、在りし日の故人を偲びたいと思います。
【本人プロフィール】
名前:ケーシー高峰(けーしー・たかみね)
本名:門脇 貞男(かどわき・さだお)
生年月日:1934年2月25日
没年月日:2019年4月8日(享年85歳)
出身地:山形県最上(もがみ)郡最上町
◆結婚して妻がいる?
ケーシー高峰さんは結婚しています。
奥さまの名前は「詠子さん」という情報がありますが、定かではありません。
ケーシーさんの実家は、代々医師の家系で、ご両親からは
跡取りなんだから内科医の女性を貰いなさい
と言われていたのだとか。
しかし、実際には奥さまはクラシック歌手だったそうです(^^)v
夜のベッドでもソプラノだ
と、奥様までもネタにして、言わなくていい事を言っています(^_^;)
◆子供はいる?
ケーシー高峰さんには子供さんもいます。
息子さんが2人のようで、テレビ東京の『チマタの噺』に出演した時に、名前を暴露していました。
上の子に普段、しゃべってる名前をつけちゃったからね。アミーゴって
なんと、上の子供さんの名前は「アミーゴ」さんなんですね(^_^;)
ちなみに、漢字で書くと『愛美吾』さんだそうです。
ケーシーの子供だろって、散々いびられたみたい
と話したケーシーさん。
皆さん、子供さんにキラキラネームをつける時は、十分気をつけましょう。
◆実家の母は医師
①実家の母は医師
ケーシー高峰さんの母親の名前は、門脇シヅエさんです。
前述のとおり、ケーシー高峰さんの実家は、代々医師の家系。
母・ツジエさんは、東京女子医大の2回目の卒業生で、創立者・吉岡彌生氏の教えを受けたという本格派です。
読売医学功労賞を受賞したこともあるのだとか。
そんな母親の意思を受け、ケーシーさんも日本大学の医学部へ進みます。
しかし、
風貌を理由に、教授からいじめられた
という理由で、芸術学部に転部してしまいました。
当然、母親は激怒。
おまえにやる金はない!もう帰ってくるな
と言われ、そのまま勘当されてしまいました。
②母親との和解
その後、芸人になったケーシー高峰さんは、14年間実家に帰れませんでした。
そんな母親との交流が再開したのは、1970年の春のこと。
ケーシーさんが『お昼のゴールデンショー』という生放送に出演したところ、スタッフから突然、「電話に出ろ」と促されます。
よくわからないまま出たら、いきなり
「まーだ、ばかやってるのか」
という母親の声が。
その日はちょうど、地元山形でのネット放送が始まった日。
そのことを記念して、スタッフがどっきりを仕掛けてくれたのでした。
後から知った話では、お母さんは上京した際は、こっそり舞台を観に来てくれていたそうです。
やっぱり心配だったのでしょうね。
◆父親の職業は?
代々医師の家系だったのは母方の実家の話で、ケーシーさんの父親は商社マンだったそうです。
海外を飛び回ったお父さんは音楽が好きで、家にはラテンやジャズのレコードがたくさんありました。
これらの音楽をよく聞いていたというケーシーさん。
持ちネタの“グラッチェ!”や“セニョリータ!”は、父親の影響だったのですね。
◆兄弟姉妹
ケーシー高峰さんには、お兄さんとお姉さんがいます。
お兄さんは医師で、お姉さんは歯科医師だったそうです。
◆まとめ
ケーシー高峰さんは生前、医事漫談を始めた理由を聞かれたことがあります。
ケーシーさんが話した理由は、
医師にはなれなかったけど、白衣を着て親孝行したいという気持ちだね
というものでした。
今ごろは天国で、お母さんとの再会を果たされていることでしょう。
ご冥福をお祈り申し上げます。
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