俳優として、映画やドラマで幅広い役柄を演じる、山田孝之(やまだ・たかゆき)さん。
今回は、そんな山田さんを取り巻く『家族』の物語です。

◆家族構成
山田孝之さんの実家の家族構成は、父親、母親、長姉、次姉、本人の5人家族です。
山田さんは3人きょうだいの末っ子で、2人の姉も芸能活動をしています。
自身は2012年〈平成24年〉に7歳年上の一般女性と結婚し、2013年〈平成25年〉には長男が誕生しました。
◆実家・生い立ち
山田孝之さんは、沖縄県那覇市で生まれ、鹿児島県で育ちました。
母親は沖縄県宮古島の出身で、父親は鹿児島にゆかりがあります。
幼少期を鹿児島で過ごした山田さんは、姉の影響もあり、芸能界に興味を持つようになりました。
中学3年生の2学期が終わった後、家族とともに東京へ転居。
上京後、姉と2人で原宿を歩いていたところ、現在の所属事務所にスカウトされました。
当時15歳だった山田さんは、芸能人になるという明確な目標があったわけではなく、姉のように自分も何かを表現したいという思いがあったそうです。
1999年〈平成11年〉、ドラマ『サイコメトラーEIJI2』で俳優デビュー。
2003年〈平成15年〉にはドラマ『ウォーターボーイズ』で初主演を務め、注目を集めました。
◆父親はいつまでも自由人
山田孝之さんの父親の名前は、山田清孝さんです。
父・清孝さんは鹿児島で飲食店を経営していました。
実は、清孝さんはかなり個性的な人物です。
鹿児島にいた頃は、蔵を改装した喫茶店を営んでいました。
店内には小説が並び、骨董品が置かれ、昔のロックやジャズのレコードが流れるという、こだわりの空間だったそうです。
写真も趣味で、自宅に暗室を作り、自分で写真を現像していました。
さらに、50歳を過ぎても約30年間、小説の新人賞に応募し続けていたといいます。
2017年〈平成29年〉に放送された『山田孝之のカンヌ映画祭』では、父親が小説を書き続けてきたことについて語っています。
そんな父親から、突然、
来年はストリートライブの旅に出ようと思います
というメールが届いたこともありました。
太鼓とギターの写真まで添えられていたそうです。
山田さんは父親について、

いつまでたっても自由人です
と笑顔で語っています。
しかし、そんな自由人のお父さんに対して、孝之さんは大きな親孝行をしていました。
2017年の『有吉ゼミ』では、鹿児島で営む飲食店について紹介されています。
孝之さんが21歳のとき、父親のために30坪のお店の改装費用や家具、食器などをプレゼントしたというのです。
しかも、内装のデザインを一緒に考え、壁画まで描いていました。
父・清孝さんは息子について、
役柄ではコワモテな役をやってますが、本当は心の優しい男の子だと思います
と話しています。
自由に生きる父親と、その生き方を面白がりながら支える息子。
山田さんの独特な表現者としての感性は、こんなお父さんの影響も受けているのかもしれません。

◆母親は沖縄・宮古島出身
山田孝之さんの母親は、沖縄県宮古島の出身です。
名前や生年月日は公表されていません。
山田さんが15歳で上京した後、母親と2人で暮らしていた時期がありました。
母親は2019年〈平成31年・令和元年〉に亡くなっています。
その後、山田さんは沖縄への移住を決意することになりますが、その理由には母親の最後の願いが深く関係していました。
◆2人の姉は芸能人
山田孝之さんには、2人の姉がいます。
長姉は女優・モデルとして活動する椿かおり(つばき・かおり)さん。
次姉は歌手・モデルとして活動するSAYUKI(さゆき)さんです。
山田さんが芸能界入りを意識したのも、姉たちの影響がありました。
2015年〈平成27年〉に放送されたドラマ『山田孝之の東京都北区赤羽』では、実の姉2人をキャスティングし、3人の共演が実現しています。
また、2017年の『有吉ゼミ』では、姉たちが弟から受けたサプライズを明かしました。
SAYUKIさんは、孝之さんが出演するCMに自分も出演できるよう、スポンサーに働きかけてくれていたことを告白。
椿かおりさんも、
孝之が弟でいいこといっぱいありました
と話しています。
山田さん自身も、30代になって姉たちと話した際、3人とも父親の影響を受けているという話になったそうです。
長姉は女優、次姉は歌手や芝居、そして末っ子の孝之さんは俳優。
それぞれ異なる表現の世界で活躍する3人ですが、その原点には自由な父親の存在があったのですね。
◆妻は7歳年上の一般女性
山田孝之さんは、2012年〈平成24年〉1月1日に結婚しました。
お相手は7歳年上の一般女性で、約2年間の交際を経ての結婚でした。
妻の名前や詳しいプロフィールは公表されていません。
2020年〈令和2年〉に映画『ステップ』のインタビューを受けた際、山田さんは妻への感謝を語っています。
同作でシングルファーザーを演じたことで、家事や育児を担ってくれている妻の大変さを改めて感じたそうです。
仕事で帰宅時間が分からないこともある中、息子を育ててくれている妻に対して、

奥さんにはずっと感謝しています。
と話していました。
◆子供は息子が1人
山田孝之さんには、子供が1人います。
2013年〈平成25年〉3月上旬、妻との間に男の子が誕生しました。
山田さんは所属事務所を通じて、無事に誕生したことへの喜びを報告しています。
息子の名前や具体的な誕生日は公表されていません。
山田さんは、息子の将来についても自分の考えを押しつけるつもりはないと語っています。
本人が何を選ぶかは、息子自身の人生だからです。
ただし、山田さんには父親として、少し複雑な思いもありました。
2020年の映画『ステップ』のインタビューでは、息子の幼稚園の卒園式には参加したものの、運動会などの行事には基本的に参加しないようにしていたと明かしています。
本当は運動会にも行きたかったそうです。
山田さん自身、小学生の頃には父親が運動会に来てくれ、家族みんなでブルーシートを敷いて食事をした思い出がありました。
だからこそ、息子にも同じ思い出を作ってあげたいと考えていました。
しかし、芸能人の父親が学校行事に参加することで、息子が嫌な思いをする可能性もあります。
自分の「行きたい」という気持ちよりも、息子の気持ちを優先したのでした。
◆エピローグ
2025年〈令和7年〉11月——。
山田孝之さんは俳優の山崎育三郎(やまざき・いくさぶろう)さんのYouTubeチャンネルに出演し、沖縄に移住した理由を明かしました。
山田さんが東京を離れ、沖縄で暮らすことを決めた背景には、2019年に亡くなった母親の最後の願いがありました。
母親は生前、孝之さんに、
どうしても私はおじーとおばーと同じお墓に入りたい
と伝えていたのです。
母親の故郷は沖縄県宮古島。
そこには、母親の両親、つまり孝之さんにとってのおじいさんとおばあさんが眠っています。
しかし、母親を同じお墓に入れることについては、親戚から反対の意見もありました。
それでも山田さんは、母親が最後に託した願いをかなえてあげたいと、親戚に懇願します。
そして、母親は願いどおり、沖縄の地で両親と同じお墓に入ることができました。
山田さんは、沖縄への移住を決めるうえで、一番大きかったのは母親の存在だったと語っています。
15歳で故郷を離れ、東京で俳優として歩み始めた孝之さん。
その人生の先に選んだ場所は、母親が生まれ育った沖縄でした。
母が最後に託した願いを、息子が受け止め、かなえてあげる。
その決断には、母親への深い愛情が込められていました。
◇脚注・出典
- スターダストプロモーション 山田孝之公式プロフィール
- スポニチアネックス 2021年6月7日 山田孝之「バイトを辞めたくてしょうがなくて」デビュー秘話明かす
- 双葉社 THE CHANGE 2023年10月28日 山田孝之「自分を俳優だと思ったことはない」
- ライブドアニュース 2018年11月 山田孝之の家族はみんなアーティスト「父が実験的な生き方で」
- マイナビニュース 2017年5月30日 山田孝之の”家族思い”な素顔に「最高すぎ」と反響
- WEBザテレビジョン 2015年6月 山田孝之が2人の姉とステージ初共演に戸惑い!?
- 日刊スポーツ 2012年1月3日 山田孝之、7歳年上35歳の会社員と結婚
- デイリースポーツ 2012年10月20日 山田孝之 来年2月に子ども誕生
- 女性自身 2020年12月4日 プロデューサー山田孝之の働き方改革
- 映画.com 2020年7月16日 山田孝之×國村隼インタビュー
- スポニチアネックス 2025年11月3日 山田孝之 沖縄移住の理由明かす



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