【栗原悠輝】の家族~母は「やりたいことに制限はかけない」…11歳でアジア大会史上最年少金メダル

「ぷよぷよ」の画面に並ぶ、色とりどりの「ぷよ」。

次にどこへ置くか、何手先まで読んでいるのか――。

大人でも難しい判断を瞬時に繰り返しながら、世界の舞台で戦う11歳の少年がいます。

eスポーツ選手として活躍する、栗原悠輝(くりはら・ゆうき)さんです。

2026年9月、愛知・名古屋アジア大会のeスポーツ「ぷよぷよ」に出場。

決勝では韓国代表を10対2で破り、見事に金メダルを獲得しました。

しかも、この金メダルはアジア大会史上最年少のメダルという快挙でした。

今回は、そんな悠輝さんを取り巻く『家族』の物語です。

スポンサーリンク

◆家族構成・家系図

栗原悠輝さんの家族について、報道で確認できるのは父親、母親、本人です。

父親と母親の氏名や生年月日、職業などは公表されていません。

母親はメディアの取材に「ゆうきママ」として登場しています。

また、きょうだいについても、信頼できる情報は確認できません。

◆6歳のクリスマスプレゼント

栗原悠輝さんが「ぷよぷよ」と出会ったのは、6歳のクリスマスでした。

母親からプレゼントされたのが、ゲームソフト『ぷよぷよテトリス2』。

これが、後に日本代表となり、アジア大会の金メダルを獲得する少年の原点でした。

当初からプロのeスポーツ選手を目指していたわけではありません。

母親と一緒にゲームで遊んでいるうちに、悠輝さんは「ぷよぷよ」の面白さに夢中になっていきます。

特に興味を持ったのが、ぷよを連続して消していく「連鎖」でした。

やがて自分で連鎖を考え、練習するようになります。

小学1年生になると、

オンラインで対戦してみたい

と自分から希望。

家族はその思いを受け止め、オンラインで対戦できる環境を整えました。

「もっとやりたい」という子供の気持ちに、親が道を用意する。

これが、悠輝さんのeスポーツ人生の始まりでした。

◆母親は「やりたいことに制限はかけない」

栗原悠輝さんの母親の名前は公表されていません。

東スポの取材では、「ゆうきママ」として紹介されています。

しかし、名前以上に印象的なのが、母親の子育てに対する考え方です。

悠輝さんが史上最年少でアジア大会の金メダルを獲得したことで、

特別な英才教育をしていたのではないか

と思ってしまいます。

ところが、母親の答えは意外なものでした。

やりたいんだったら、そこに制限はかけない

そして、

「練習しろ」もないし、「練習するな」もない

と話しています。

つまり、母親が作ったのは「ぷよぷよの英才教育プログラム」ではありません。

本人がやりたいと思ったことを、自分のペースで続けられる環境でした。

その姿勢は、試合の結果に対する考え方にも表れています。

母親が一番うれしいのは、どんな大会であっても、悠輝さん本人が終わった後に、

「上手くいった」
「納得できた」

と言ってくれること。

勝ったか負けたかだけではなく、本人が納得して競技を終えられたかどうか。

そして何より、

やっぱり笑顔が一番

と話しています。

金メダルを取ることより、息子が笑顔でいること。

これが、母親にとって一番大切なことなのです。

◆「練習しなさい」と言わない母

現在、悠輝さんは中学受験を控えています。

ぷよぷよの練習時間は、平日1時間、休日2時間程度。

さらに週3回、午後9時まで塾に通っています。

それでも母親は、

頑張っている子に、これ以上頑張れとは言えない

と話しています。

勉強についても、悠輝さんは自分から取り組んでいるそうです。

母親は、それを「本当にすごい」と素直に褒めています。

ここにも、親が子どもを引っ張っていくのではなく、子供自身の頑張りを認めて後ろから支えるという姿勢が見えます。

もちろん、何でも自由にさせているわけではありません。

保護者として気をつけているのは、

健康的な食事と、夜寝る時間だけはキープ

すること。

やりたいことには制限をかけない。

しかし、健康と生活リズムは守る。

その絶妙な距離感が、悠輝さんの競技生活を支えているのでしょう。

◆父親

栗原悠輝さんの父親については、氏名、生年月日、職業などの詳しい情報は公表されていません。

報道では、悠輝さんを支える「両親」の存在が紹介されています。

ただし、父親について具体的なエピソードは現時点では多く確認できません。

◆電車の運転士になりたい

世界の舞台で金メダルを獲得した悠輝さんですが、将来の夢は意外なところにあります。

それは、電車の運転士です。

もともと電車が好きで、ぷよぷよだけが好きな少年というわけではありません。

学校生活があり、塾があり、電車が好きで、そしてぷよぷよがある。

その中で「好き」を突き詰めた結果、いつしか日本を代表するeスポーツ選手になっていました。

母親が大切にしてきた「やりたいことに制限をかけない」という子育ては、こうした少年の多様な興味を守ることにもつながっているのかもしれません。

◆11歳でアジアの頂点へ

悠輝さんは小学1年生から「ぷよぷよ」を始めると、急速に実力を伸ばしました。

小学2年生の2023年には、国内最大級のゲーム大会「EVO Japan」で3位に入賞。

その後も全国都道府県対抗eスポーツ選手権で、小学生の部を2023年、2024年と連覇しました。

2025年には、年齢を問わないオープン参加の部で優勝。

小学生の枠を飛び出し、大人の強豪選手を相手に結果を残します。

そして2026年2月には「ぷよぷよグランプリファイナル」で年間王者に。

同年9月、11歳で日本代表として愛知・名古屋アジア大会に出場しました。

決勝の相手は韓国代表。

結果は10対2。

悠輝さんは堂々と勝利し、金メダルを手にしました。

競技中は、ほとんど表情を変えないポーカーフェース。

優勝が決まった瞬間に見せた表情も、本人によれば、

少し恥ずかしくて、表情を見せたり、変えたりできなかった

のだそうです。

11歳らしい、いじらしい一面です。

◆エピローグ

アジア大会の金メダル——。

史上最年少という偉業。

それだけの快挙を成し遂げた息子に、母親は「ご褒美に何がほしい?」と尋ねました。

悠輝さんが欲しいと答えたのは、天然石の原石。

そして、もう一つは、

親子丼

でした。

世界の頂点に立った少年が欲しがったのが、宝石と親子丼。

なんとも11歳らしい、かわいらしいご褒美です。

金メダルを取っても、少年の日常は変わりません。

学校があり、塾があり、好きな電車があり、家に帰れば親子丼を食べる。

そんな普通の日常の延長線上に、アジア大会の金メダルがあったのでしょう。

そして、この物語はまだ終わりではありません。

むしろ——

11歳の金メダルから、本当の物語が始まったばかりなのです。

◇出典

  1. 日本オリンピック委員会(JOC)「栗原悠輝|アスリート」
  2. 日本オリンピック委員会(JOC)2026年9月24日「ぷよぷよの神童11歳、決勝へ」
  3. 日刊スポーツ 2026年9月26日 栗原悠輝のアジア大会「ぷよぷよ」金メダルに関する記事
  4. 東スポWEB 2026年9月27日「【eスポーツ】栗原悠輝 史上最年少金メダルのウラに母の教育術『やりたいことに制限はかけない』」
  5. CBC MAGAZINE 2026年9月3日 栗原悠輝選手に関するインタビュー記事
  6. ABEMA TIMES 2026年9月27日 栗原悠輝選手のアジア大会金メダルに関する記事

コメント

TOPページ(新着記事、人気記事、人気カテゴリー)

タイトルとURLをコピーしました