葛西紀明の『家族』~妹と母と花嫁と…そして子供に捧げる金メダル

スキージャンプ界のレジェンド、葛西紀明選手。

今回は、そんな葛西選手を取り巻く『家族』にスポットを当て、ご紹介します。

【本人プロフィール】
名 前:葛西紀明(かさい・のりあき)
生年月日:1972年6月6日(45歳)※2018年2月現在
身長/体重:176㎝/59kg
血液型:AB型

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◆お嫁さんの年齢は?

葛西紀明選手は、2014年2月22日、41歳で結婚しています。

お嫁さんの名前は、張磨怜奈(旧姓、はりま・れいな)さん。

葛西選手は“レーチェ”と呼んでいるそうです(#^.^#)

お嫁さんは今年(2018年)で33歳になるので、葛西選手より12歳年下になります。

葛西選手がプロポーズしたのは、結婚からわずか1週間前の2月15日(日本時間16日)。

ソチ五輪の男子個人ラージヒルで、自身初の銀メダルを獲得した日の夜のことでした。

フラワーセレモニーの後、選手村の自室に帰り着くと、怜奈さんに国際電話で五輪初の個人メダルの報告をするとともに、

“おまえしかいない。結婚しよう!”

と突然のプロポーズ。

怜奈さんは喜びで大泣きして、声を震わせたといいます。

葛西選手は、17日(日本時間18日)に行われた団体戦でもエースとして銅メダル獲得に貢献。

2つのメダルを手に帰国したのは2月20日でしたが、ここで素早い行動に出ます。

自身が6月6日生まれで、

“ゾロ目が良かった”

という葛西選手は、すぐに故郷の下川町から必要書類を取り寄せ。

ゾロ目の2月22日に、札幌市中央区役所に婚姻届を提出しました。

勝負師は縁起を担ぐもの…

W杯に参戦するため、翌々日には日本を離れるというハードスケジュールの中、見事に人生の節目を刻んでいます(^^)v

ところでお嫁さんは、料理が得意なのだとか。

“体脂肪率5%”の身体を維持するため、食事に細心の注意を払っている葛西選手にとって、お嫁さんのそんなところも良かったのでしょう。

また、怜奈さんはタイ古式マッサージの資格も保有しています。

長く現役を続ける葛西選手にとって、体のケアも心強いですね。

2018年の平昌オリンピックには家族同伴で挑み、悲願の金メダルを目指します。

◆子供の名前は?

葛西紀明選手には現在、子供さんが一人います。

子供は女の子で、名前は璃乃(りの)ちゃん。

2016年1月30日生まれなので、今年(2018年)で2歳になります。

名前の由来は、自身の愛称「ノリ」を逆にしたものだそうで、

“ずっとノリノリノリノリと言ってたら、リノになっていいんじゃないって…”

と、軽いノリで決まったみたいですね(^O^)

しかし、葛西選手は愛娘に彼氏ができる日のことを、早くも心配しています。

テレビ番組で坂上忍さんから、

“彼ができたらどうするの?”

と訊かれると、

“ぶん殴ります”

と即答していました(^_^;)

◆実家は北海道下川町

先ほど少し触れましたが、葛西紀明選手は、北海道上川郡下川町の生まれ。

下川町立下川小学校3年の時から競技を始め、下川中学校時代は北海道大会を3連覇し「天才少年」と言われました。

中学3年の時に行われた『宮様スキー大会』ではテストジャンパーを務めますが、なんと大人の優勝者の記録を上回ってしまうという「事件」を起こしています(^_^;)

東海大四高(現在の東海大札幌高)1年で世界選手権に初出場し、日本人男子の最年少出場記録(16歳8ヶ月)を樹立。

W杯初出場(16歳6ヶ月)、初優勝(19歳9ヶ月)と、次々と当時の最年少記録を塗り替えて行きました。

オリンピックは、1992年のアルベールビルから2018年の平昌で8大会連続出場。

1994年のリレハンメル五輪で団体銀、41歳で迎えたソチ五輪では個人で初の銀メダルを獲得。

“レジェンド”の異名は、その圧倒的な実績から名付けられたのでした。

◆父親との確執

葛西紀明選手の父親の名前は、葛西利紀さん。

年齢は、今年(2018年)で76歳になります。

実は、葛西選手の幼少期は実家が貧しかったそうですが、その理由は父・利紀さんが病気を理由に働かなかったことでした。

父親にかわって母親が働き家計を支えましたが、それでもやっていけず、近所からお金や米までも借りていたのだとか…

そんな父親に対し、葛西選手が複雑な思いを持っていたのは致し方ないことでしょう。

しかし1997年、母が亡くなると、それまで疎遠だった父親との交流も少しずつ回復していきます。

思えば、競技を始めたときから高校入学で実家を離れるまで、凍えるような寒さのなか、ジャンプ台の整備をし、ずっと練習に付き合ってくれたのも父・利紀さんでした。

現在、利紀さんは、北海道名寄(なよろ)市のアパートで一人暮らしをしています。

ソチ五輪のとき、葛西選手は父親にパソコンをプレゼントしています。

“親父にも俺が頑張っているところをリアルタイム(衛星放送や動画サイト)で見てほしいんだ”

という思いの表れでした。

◆最愛の母の死…

葛西紀明選手の母親の名前は、幸子さん。

今の姿からは信じられませんが、葛西選手は幼少期、体が弱く、手のかかる子供だったそうです。

そのせいか、母と息子の関係は強く、お母さんは葛西少年を大切に育て、葛西選手もお母さんが大好きでした。

中学卒業後、葛西選手は実家を出て札幌の高校に進学しますが、葛西選手が札幌に行くときは、幸子さんは列車の外で手を振って別れを惜しみました。

そんな母子に、運命の悲劇が襲いかかります。

長野五輪の前年、実家が放火に遭い、母・幸子さんが大やけど負ったのです。

皮膚移植を繰り返しましたが、結局、11カ月後に46歳の若さで亡くなりました。

“母さんに長野五輪を見せてあげたかったのに…”

葛西選手は憔悴し、スキーどころではなくなります。

精神まで不安定になってしまった葛西選手は、けがも重なり、長野五輪では団体戦のメンバーから外れてしまいました。

そんな葛西選手が復活できたのは、入院中の母が送ってくれた手紙。

“いまこの時を頑張れ。絶対におまえは世界一になれる。
お前がどん底から這い上がってくるのを楽しみに待っているよ”

この手紙を肌身離さず持ち歩いていた葛西選手。

しかし、銀メダルに輝いたソチ五輪では、手紙を持参しませんでした。

“強い自分を母に見せたかった”

天国のお母さんの目には、成長した息子の姿が焼き付いていることでしょう。

◆姉の支え

葛西紀明選手にはお姉さんがいて、名前は浜谷紀子さん。

“誰よりも真っ先に飛ぶことにこだわっていた”

弟についてこう話す3歳年上の姉は、葛西選手が小学生でスキーを始めた時から、長い現役生活を見守ってきました。

ソチ五輪の凱旋パレードに駆けつけた紀子さんは、

“夢に見ていた光景だったので実現してうれしい”

と目を輝かせます。

時には親代わりで葛西選手を支えたお姉さんにとって、それは感慨深い光景であったことでしょう。

◆最愛の妹は…

葛西紀明選手には5歳下の妹もいて、名前は久美子さん。

妹の久美子さんは16歳の時に『再生不良性貧血』という血液の難病にかかり、余命5年を宣告されます。

『臍帯血移植』という移植手術が成功しますが、その後は肺炎や副作用や合併症を繰り返し、入退院を何度もしながら闘病生活を送ってきました。

“冬季五輪で金メダル”

という葛西選手の目標は、当初は妹を勇気づけるのが目的。

しかし、ソチ五輪の直前には妹からLINEで

“絶対メダル取れるから何も心配せずに飛んで”

と、逆に励まされてしまいます。

そんな妹さんは、2015年5月に意識不明の状態となります。

“妹のために…”

久美子さんの復活を祈り、葛西選手は2016年1月にオーストリアで開催されたフライング世界選手権に出場しました。

そんな時、姉・紀子さんから国際電話がかかります。

◆まとめ

“出る前にすぐ妹の事だとわかりました”

妹さんは、意識が戻らぬまま帰らぬ人となりました。

葬儀は葛西選手の帰国を待って行われ、翌日にブログでファンに報告しています。

“いつも痛みに耐えながらの辛い日々だったと思います。昨年の5月終わりに意識を無くして8ヶ月間が経ち、一度も意識を戻す事なく母親の元へ旅立ってしまいました”

亡き母、妹、そして応援してくれる父と妻、子供に捧げるために…

葛西選手は金メダルを目指し続けます。

◇編集後記

葛西紀明選手が愛用するサプリメントはこちら。

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サッカーの佐藤寿人選手や、広島カープの野村祐輔選手も愛用しているのだとか。

何だかそれだけで、効果がありそうに感じますね(^_-)

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