お笑いコンビ・オリエンタルラジオのメンバーで、実業家やYoutuberとしても活躍する、中田敦彦さん。
中学時代のあだ名は滝廉太郎です!
今回は、そんな中田さんを取り巻く『家族』の物語です。
生年月日:1982年〈昭和57年〉9月27日
身 長:173cm
血液型 :O型
家族構成:
【実 家】父親、母親、弟
【独立後】妻、長女、長男
◆実家・生い立ち
中田敦彦さんは、佐賀県で生まれ、1か月後に大阪府高槻市に移りました。
小学校は地元の、高槻市立芥川小学校に入学。
小学校4年生の時、山口県山口市へ移住し、山口市立大内小学校に転入。
三浦知良(みうら・かずよし)さんに憧れ、サッカーに明け暮れる少年時代を送りました。
また、フジテレビ系『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』でやっていたコントを、小学校で披露したことがあります。
中学校は、山口大学教育学部附属山口中学校へ進学。
父親の転勤により、中学校3年生の時、東京学芸大学附属小金井中学校に転入しました。
中学時代、ジャン・レノに憧れて丸い眼鏡をかけていましたが…
(ジャン・レノ↓)
当時のあだ名は滝廉太郎(たき・れんたろう)でした。
(滝廉太郎↓)
明治時代を振り返る画像。
『滝廉太郎』
プロフィールは→https://t.co/MQhp4CtiEd#明治時代#歴史#芸術文化#20代で亡くなった pic.twitter.com/UXl9FZ1ZMb— 幕末ガイド (@bakumatsu_g) May 29, 2023
高校は、東京学芸大学附属高校へ進学。
高校時代の同級生には、フリーアナウンサーの平井理央(ひらい・りお)さんがいます。
この頃は、東京大学を経て官僚になる事を目指していました。
しかし高校時代に好きになった同級生の女子生徒は「お笑い」が大好き。
そこで、これまで勉強に向けていた熱意を全てお笑いの勉強へ向けた結果、みるみる成績が落ちていきます。
結局は告白するも断られ、東京大学も諦める事となってしまいました。
大学は、慶應義塾大学経済学部へ進学。
大学の同級生には、フリーアナウンサーの青木裕子(あおき・ゆうこ)さんがいます。
(青木裕子さん↓)
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大学1年生の時、アルバイト先の保険会社で受付オペレーターをしていた藤森慎吾(ふじもり・しんご)さんと、運命の出会い。
そして2003年8月1日に、オリエンタルラジオを結成しました。
2004年4月、藤森さんの誘いで、吉本総合芸能学院(NSC))東京校に入学しています
大学は芸能活動が多忙になったため、2度留年し、6年がかりで何とか卒業しました。
◆父親
中田敦彦さんの父親は、保険会社に勤めていました。
幼少期から転校が多いのは、そんな父親の転勤が多かったためでしょう。
父親は、
一橋大学に進学し東京海上火災保険に入社することを望んだ
とされています。
もしかしたら、父親も同じ経歴なのかもしれませんね。
◆母親
中田敦彦さんは、思春期の頃に自分の容姿に嫌悪感を抱くことがありました。
そんなとき母親は、
そんなことない!あなたはかっこいい!
と褒めちぎっていたのだとか。
中田さんは、
自分の存在を誰かに強烈に肯定されると、その人は前に進むことができるのではないでしょうか。そんな人が身近にいて、僕は幸せだったと思います
と、母親に感謝しています。
◆弟:FISHBOY
中田敦彦さんには弟がいて、名前は中田啓之(なかだ・ひろゆき)さん。[1]
1985年12月19日生まれになります。
弟の啓之さんは、FISHBOYの名前で活動する、ストリートダンサーです。
ダンス&ボーカルグループ・RADIO FISHのメンバーとしても活動しています。
(FISHBOY↓)
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