医師や実業家として知られる、豊田剛一郎さん。
今回は、そんな豊田さんを取り巻く『家族』の物語です。
◆実家は京都の医療法人
豊田剛一郎さんは、東京都北区の出身。[1]
しかし元々は関西の医師の家系で、祖父は京都にある医療法人淳宰晃会(じゅんさいこうかい)の創設者です。
豊田さんは、小学生の頃はサッカーに夢中で、毎日のように練習に励みながらも、進学塾にも通いました。
この塾で出会ったのが、後に共同経営者となる瀧口浩平(たきぐち・こうへい)さんです。
そして2人とも、国内有数の進学校として知られる開成中学・高等学校に進学。
豊田さんは開成でもサッカー部に所属し、高校時代はキャプテンを務めました。
そして高校3年の夏。
豊田さんは運命の一冊と出会います。
脳研究者の池谷裕二(いけがや・ゆうじ)さんと、クリエイターの糸井重里(いとい・しげさと)さんの対談本『海馬─脳は疲れない』です。
この本で、脳に対する興味が沸き起こった豊田さんは、医学部受験を決断。
志望通り、東京大学医学部に合格しています。
◆実父は元衆議院議員
豊田剛一郎さんの父親の名前は、豊田潤多郎(とよだ・じゅんたろう)さん。
1949年(昭和24年)8月22日生まれです。
父・潤多郎さんは、京都府京都市の出身。
京都市立衣笠小学校から灘中学校・高等学校を経て、東京大学法学部を卒業しました。
大学卒業後は、大蔵省に入省し、18年間つとめて1990年に退官。
1993年の衆院選に、旧京都2区から新生党公認で出馬し、初当選を果たしました。
その後、自由党、民主党、生活の党などを渡り歩きますが、2012年の衆院選で落選しています。
◆母親のエピソード
小学生の頃はJリーガーになるのが夢だった豊田剛一郎さん。
一時期は、
高校になったら名門の帝京に行く
と言って、帝京の校歌を歌っていました。
そんなときお母さんは、
あなたが活躍できそうなフィールドは勉強の方だからね
と言って、早いうちから豊田さんをうまく誘導していたそうです。
◆兄弟姉妹
豊田剛一郎さんは3人兄弟で、豊田さん以外は女の子みたいですね。
◆妻は小川彩佳アナ
豊田剛一郎さんは、2019年に結婚しています。
お相手はフリーアナウンサーの小川彩佳(おがわ・あやか)さん。
1985年(昭和60年)2月20日生まれなので、豊田さんより1歳年下(同学年)になります。
2人の馴れ初めは「友人の紹介」。
小川アナのテレビ朝日時代の後輩が、
こういう人がいるから、ちょっと会ってみたら
と紹介してくれました。
しかしその後輩は海外在住であったため、連絡先だけ渡されて、最初から2人だけで会ったのだとか。
7~8回くらいデートを重ねて、
付き合ってください
と申し出た豊田さん。
小川アナも、
そろそろ結婚したいと思える相手を見つけたいなとは思っていました
と、結婚願望があったことを明かしています。
◆子供は1人
豊田剛一郎さんと小川彩佳さんの間には、子供が1人います。
2020年7月29日生まれですが、名前や性別は公表されていません。
◆まとめ
これまで見てきた通り、豊田剛一郎さんの活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。
これからも家族の応援を胸に、豊田さんの挑戦は続いていきます(^o^)丿
◇脚注
- Bizコンパス 2018年1月18日 脳外科医が医療情報サイトを運営する真の狙い
- ビジネスインサイダー 2020年11月19日 医療界に必要なのはDXによる成功体験。足りない「変わらなければ」という切迫感
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