東京医科大学の前理事長を務めた、臼井正彦(うすい・まさひこ)氏。
今回は、そんな臼井氏を取り巻く『家族』にスポットを当て、ご紹介します。
◆息子2人は眼科医師?
臼井正彦氏には、子供が3人いて、上から息子さんが2人、一番下が娘さんです。
子供は6歳ずつ離れていて、3人とも医師になっています。
息子さんだと言われているのが、臼井嘉彦 (うすい・よしひこ)さん。
2001年に東京医科大学卒業後、東京医科大学病院眼科に入局。
以下の書籍
【中古】 医療関係者のためのAccess活用マニュアル 診療データベース作成ガイド /臼井嘉彦(著者),松本昌憲(著者) 【中古】afb
なども一緒に書いているので、息子説は真実味があります。
もう一人、息子さんだと言われているのが、国際医療福祉大学の眼科・主任教授を務める臼井智彦さん。
この方も東京医科大学を卒業している眼科医師ですが、卒業年度が1987年3月ということで、少し計算が合わないので、こちらは息子さんではないような気がします。
◆娘も眼科医師?
臼井正彦氏の一番下の娘さんも医師だそうです。
眼科かどうかは分かりませんが、眼科は女性医師が多い科目なので、可能性はありますね。
娘さんは結婚しているため、名字も変わっているかもしれません。
◆妻は元薬剤師
臼井正彦氏の妻は、元薬剤師で、結婚後は専業主婦となりました。
朝から晩まで仕事にかかりきりだった臼井氏に代わり、3人の子供たちを医師へと育て上げた妻。
ただ、臼井氏も運動会や学芸会には必ず行くようにしていたそうです。
◆ファミリービジネス?
臼井正彦氏は、眼科学主任教授時代の2006年、“ファミリービジネス”を問題視されています。
東京医科大学では、教職員による営利企業の役員兼職を禁止しているにもかかわらず、実母や妻、子息らとともに「有限会社オフタルモサイエンス」を設立。
1985年の設立から解散する2006年まで、同社の役員を務めていました。
現役教授時代に医局員を派遣していた10の病院に対し、ファミリー企業を経由して眼内レンズを販売。
さらに、14年間にわたり総額2億円以上の手数料を受け取っていたとされています。
◆実家は下田
臼井正彦氏は、静岡県賀茂郡下田の商家に生まれ、当地の下田小学校、中学校で過ごしました。
下田の黒船祭りでペリーの役を演じたことをきっかけに、外交官に憧れるようになります。
しかし、周りの勧めで医者を志すようになり、単身で上京。
1960年に東京医科大学に入学し、長年にわたり医療に携わる事となりました。
◆まとめ
これまで見てきたとおり、臼井正彦氏の活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。
これからも家族の応援を胸に、臼井氏の挑戦は続いていきます。
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