“おめでとうございま〜す”でお馴染み、『お染ブラザーズ』の海老一染之助(えびいち・そめのすけ)さんが、肺炎のため亡くなりました。
今回は、生前の染之助さんを支えた『家族』をご紹介し、在りし日の故人を偲びたいと思います。
◆兄は海老一染太郎
海老一染之助さんのお兄さんは、『お染ブラザーズ』の海老一染太郎(えびいち・そめたろう)さん。
何となく兄弟なんだろうと思ってはいましたが、やはり実のお兄さんだったのですね。
兄・染太郎さんは1932年2月1日生まれなので、染之助さんより2歳年上になります。
『お染ブラザーズ』の芸は、染之助さんが殆どの芸を担当し、染太郎さんは回りで盛り上げるだけで、
“これでギャラはおんなじです”
というオチがつくものでした。
実は、染之助さんは本当に芸の役割に不満を持っており、実生活では兄弟仲が悪く、楽屋で喧嘩することもあったそうです。
そんな兄・染太郎さんは、2002年2月2日、胃がんのために亡くなりました。
染之助さんは葬儀の時、会場に並ぶ報道陣の前で号泣しながら、
“日本国中、世界の皆様のお幸せを祈念して、まいります、おめでとうございま〜す”
と絶叫したそうです。
◆息子はキャスター・村井正信
海老一染之助さんの息子さんは、テレビ東京に勤務する、村井正信さん。
ちなみに、染之助さんの本名は、村井正親(まさちか)さんです。
息子の正信さんは、テレビ東京のワシントン支局特派員や『ワールドビジネスサテライト』のマーケットキャスターとして活躍しました。
現在は同局で、報道局次長兼、クロスメディア取材センターの部長を務めています。
◆お嫁さんは?
海老一染之助さんのお嫁さんについては、ほとんど情報がありません。
ただ、染太郎さん亡き後、染之助さんの復活舞台を見て
“お嫁さんは号泣された”
という記録があります。
◆父親は三遊亭圓駒
海老一染之助さんの父親は、三遊亭圓駒(さんゆうてい・えんこま)さん。
詳細は不明ですが、大正から昭和中期に落語家として活動しています。
◆まとめ
これまで見てきた通り、海老一染之助さんの活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。
今頃は兄・染太郎さんと天国で、久しぶりに芸を合わせていることでしょう。
ご冥福をお祈り申し上げます。
◇編集後記
11歳で『太神楽(だいかぐら)』の海老蔵師匠へ入門した、海老一染之助さん。
茶碗を積んで顔に立てたり、ナイフを投げたり…
何回やっても失敗ばかりの染之助さんに、師匠が投げかけた言葉とは?
心を豊かにする100の言葉 PHP Special Remix [ 『PHP』編集部 ]
染之助さんが長い芸能活動において、困難に出会ってもくじけず乗りこえられたのは、
この言葉のおかげなのだそうです(^_-)
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