映画監督、音楽家、小説家として活動する、甫木元空さん。
その創作の原点をたどると、父親、母親、弟、そして高知県で暮らす祖父との時間に行き着きます。
今回は、そんな甫木元さんを取り巻く「家族」の物語です。
生年月日:1992年〈平成4年〉2月9日
出身地 :埼玉県
職 業:映画監督、音楽家、小説家
◆家族構成
甫木元空さんは、舞台演出家の父親、ピアノ講師の母親、弟がいる家庭で育ちました。
母親の病気をきっかけに、高知県へ移住。
母親と母方の祖父と過ごした時間は、後の映画『はだかのゆめ』へとつながっています。[2]
父親と母親はすでに亡くなっています。
そして2026年9月15日、甫木元さんは俳優の**夏帆(かほ)**さんとの結婚を発表しました。[1]
家族を失った経験を作品に刻んできた甫木元さんにとって、今度は新しい家族をつくる人生が始まったことになります。
◆父親は舞台演出家
甫木元空さんの父親は、舞台の演出家でした。
名前や生年月日などは公表されていません。
父親はミュージカルなどの舞台も手がけており、甫木元さんは幼い頃から、舞台を作る現場を身近に感じていました。
中学生の頃には、父親の舞台の中国公演に同行した経験もあります。
舞台の裏側で大人たちが一つの作品を作り上げていく姿を見たことは、甫木元さんにとって「ものを作ること」への興味につながっていきました。
父親から受け取ったものがもう一つあります。
ホームビデオです。
父親は、甫木元さんが幼い頃の家族の日常をビデオカメラで撮影していました。
その映像には、子供たちだけではなく、家族の何気ない会話や母親の姿なども残されています。
そして大学在学中、父親が亡くなります。
甫木元さんは父親が残したホームビデオを素材として、卒業制作『終わりのない歌』を制作しました。
甫木元さん自身、この作品について、単なる自分の作品というよりも、父親から
ここで切れ
と編集を指示されているような感覚があったと語っています。[3]
父親が残した映像を、息子がもう一度つなぎ直す。
そこには、亡くなった父親と、残された家族との時間が映っていました。
『終わりのない歌』は2014年、第26回東京学生映画祭で準グランプリを受賞しています。[4]
父親が残した映像は、結果として、息子が映画監督として歩み始める大きな原点となったのです。
◆母親はピアノ講師
甫木元空さんの母親は、ピアノ講師でした。
名前や生年月日については公表されていません。
母親は自宅でピアノを教えるだけでなく、合唱にも携わっていました。
また、宮沢賢治の朗読に自作の曲をつけるなど、音楽を使った表現活動も行っていたといいます。
そういう環境で育った甫木元さんにとって、音楽は特別なものではありませんでした。
幼い頃から、家の中にピアノの音があり、その音に誘われるようにして、自分も歌を歌い、曲を作るようになります。
甫木元さんは後に、

音楽家であった母が弾くピアノにいつからか誘われるように歌を歌い、曲を作り始めたことが自分の表現の始まり
と振り返っています。[5]
現在、Bialystocksで歌い、ギターを弾き、楽曲を作る甫木元さん。
その原点には、母親が弾くピアノの音があったのでした。
◆母親の病気をきっかけに高知へ
父親を亡くした後、甫木元さんの家族に、今度は母親の病気という大きな出来事が訪れます。
映画『はるねこ』の劇場公開が終わった頃、母親のがんが見つかったのです。
ちょうどその頃、甫木元さんは自分のルーツについての映画を撮りたいと考えていました。
そこで、母親の故郷である高知県へ移住します。
甫木元さんは母親と祖父とともに高知で暮らし、母親の闘病生活を見つめました。[6]
そこにあったのは、特別な出来事ばかりではありません。
食事を作る。
洗い物をする。
洗濯物を干す。
そんな当たり前の日常です。
しかし、人生の残り時間を意識する母親にとって、その一日一日は決して当たり前のものではありませんでした。
甫木元さんは、その姿を静かに見つめ続けました。
そして母親は2021年に亡くなります。
この高知での時間が、後の映画『はだかのゆめ』につながっていきました。
◆母との時間から生まれた『はだかのゆめ』
2022年に公開された映画『はだかのゆめ』。
舞台となるのは、高知県・四万十川のほとりです。
物語では、母が祖父の住む家で余命を過ごすことを決め、息子がその母に寄り添います。
映画公式サイトは、この作品について、
若くして両親を亡くし、高知県で祖父と暮らす甫木元さん自身の現在を半ば投影した物語
と説明しています。[2]
つまり『はだかのゆめ』は、単なるフィクションではありません。
甫木元さん自身の家族の時間が、映画の中に静かに流れているのです。
◆祖父・甫木元尊英さん
母方の祖父は、甫木元尊英(ほきもと・たかひで)さんです。
1932年生まれ、高知県出身。[2]
「甫木元」という名字は母方の名字であり、尊英さんは高知に暮らしていました。
母親の病気をきっかけに高知へ移住した甫木元さんにとって、祖父は自分のルーツを知るうえでも大切な存在でした。
そして『はだかのゆめ』では、尊英さん本人が映画に出演しています。
映画の中で祖父が暮らす家。
その家で余命を過ごす母。
母を見つめる息子。
現実の家族と映画の物語が、ゆっくりと重なっていきます。
映画の公式サイトには、作品について、
息子を思う母、母を思う息子、そして祖父
という言葉が掲げられています。[2]
これは、そのまま甫木元さん自身が過ごした家族の時間とも重なります。
◆弟
甫木元空さんには弟がいます。
弟の名前や生年月日、職業などの詳細は公表されていません。
弟もまた、甫木元さんの創作に登場する大切な存在です。
父親が残したホームビデオには、兄弟が成長していく姿が記録されていました。
そして『終わりのない歌』では、家族の死をきっかけに浮かび上がる家族の現在と過去が描かれています。[4]
父親がカメラを向けた子供時代。
大人になった兄弟。
そして、家族の死。
甫木元さんは、時間を巻き戻すようにして家族の記憶をたどっていきました。
◆妻・夏帆
2026年9月15日、甫木元空さんは俳優の夏帆(かほ)さんとの結婚を発表しました。[1]
夏帆さんは、1991年〈平成3年〉6月30日生まれなので、空さんと同学年となります。
2人には、映画と音楽を通じた接点があります。
夏帆さんは2025年公開の甫木元さん監督作品『BAUS 映画から船出した映画館』に出演しました。
また、甫木元さんがボーカルを務めるBialystocksの楽曲「近頃」のミュージックビデオにも出演しています。[7]
ただし、2人がいつから交際していたのかなど、詳しい馴れ初めについては公表されていません。
結婚発表で夏帆さんは、

これからは家族としてお互いの健康を第一に考え、一つ一つのご縁などを大切にしながら、より一層創作活動に励んでまいります
とコメント。[1]
「家族」という言葉は、甫木元さんのこれまでの人生を振り返ると、とても大きな意味を持つように感じられます。

◆エピローグ
甫木元空さんの作品をたどっていくと、ひとつの長い家族の物語が見えてきます。
父親が残したホームビデオ。
母親が弾いていたピアノ。
弟と過ごした子供時代。
高知で暮らす祖父。
父親が亡くなった後、残された映像を編集して『終わりのない歌』を作った甫木元さん。
母親の病気をきっかけに高知へ移り、母との時間を『はだかのゆめ』へとつなげた甫木元さん。
家族は、いつか失われます。
けれど、その人と過ごした時間まで消えるわけではありません。
映像になり、音楽になり、言葉になり、そして次の世代へと渡っていく。
甫木元空さんが作ってきた作品には、そんな家族の「おもかげ」が残されています。
父がカメラを回した家族の時間から、息子がカメラを向ける家族の物語へ。
そして今、新しい家族とともに、その先の時間へ。
甫木元空さんの人生は、これからも映画のように続いていきます。
◇出典
- テレビ朝日ニュース/ORICON NEWS・2026年9月15日「夏帆、結婚を発表 お相手は映画監督・音楽家・小説家の甫木元空氏」
- 映画『はだかのゆめ』公式サイト「甫木元空」「甫木元尊英」プロフィール・作品紹介
- 「若手監督インタビュー『終わりのない歌』甫木元空監督」
- 「第26回東京学生映画祭授賞式」―『終わりのない歌』準グランプリ
- boid/VOICE OF GHOST「甫木元空監督『はだかのゆめ』のご案内」
- LEE「映画監督、ミュージシャンの二刀流で注目される甫木元空に聞く『はだかのゆめ』監督インタビュー」
- ORICON NEWS「結婚の夏帆、お相手のバンドのMVに登場していた 監督した映画にも出演」


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