2016年2月8日、ギタリストの松原正樹さんが、末期がんのため亡くなりました。
今回は、在りし日の松原さんを支えた『家族』にスポットを当て、ご紹介します。
◆実家・父親の職業は?
松原正樹さんの実家は、福井県武生市でお祖父さんが始めたダンスホール。
お父さんはこの店を継ぎ、スナックバーとして経営していました。
お父さんは、夏には、近隣の海水浴場に浜茶屋を出すこともあったようで、松原さんはそこのアルバイト青年にギターを教わります。
青年は、そのままスナックバーで働くことになり、質屋で松原さんのためにギターを買ってくれました。
こうして、松原さんのギター人生は幕を開けたのでした。
◆母親の性格は?
松原さんのお母さんは、実家のダンスフロア-でよくお父さんと踊っていたそうです。
お父さんと仲が良く、ハイカラな方だったのでしょうね。
◆元嫁とのなれそめは?
松原正樹さんは、高校の友人に、D野さんというギタリストを目指す仲間がいました。
高校の卒業も迫ったころ、最後に演奏会をやろうという事になり、実家の「スナック香」を貸し切ってワンマンライブを開きます。
この時、D野さんの妹がウエイトレスを買って出てくれました。
会ったのは初めてでしたが、「可愛い!」
ライブの後、みんなで青春ドラマのように河原を散歩しましたが、松原さんはちゃっかりD野さんの妹と手を繋いで歩きました(#^^#)
この妹さんが、後に松原さんの最初のお嫁さんとなります。
◆今嫁・南部昌江の画像は?
松原正樹さんは、最初の奥さんとは離婚されたのでしょう。
1990年にキーボーディストの南部昌江さんと結婚されています。
昌江さんは、1960年生まれなので、今年で56歳。
北海道帯広市生まれで、8歳からエレクトーン音楽教室に通い始め、コードを習い、曲を作って弾いていました。
18歳の時に上京し、ヤマハ音楽振興会の所属プレイヤーとして4年間活躍。
その後、作曲家を目指し、「水沢朱里」名義にて、早見優、原田知世、荻野目洋子などの作曲・アレンジを担当しました。
89年に、松原正樹さんらと「TRIFORCE」を結成。
以降、松原さんの妻として、音楽プレイヤーとして、公私にわたり、支え続けてきました。
昌江さんは夫の死に接し、Facebookで次のように報告しています。
魂が宿っていた肉体にいよいよ限界が来てしまいました。治療を続けてきましたが、末期癌のため2月8日未明、夫松原正樹の魂は天に昇って行きました
◆子供はいる?
松原正樹さんには、子供に関する情報はなく、子供はいないようです。
自らのギターで残してきた作品たちが、我が子のような存在なのでしょう。
◆まとめ
これまで見てきた通り、松原正樹さんの活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。
これからは、松原さんに影響を受けた多くのミュージシャンが、松原さんの遺志を継ぎ、日本の音楽シーンを盛り上げてくれることでしょう。
ご冥福をお祈り申し上げます。
コメント
子供の情報がないという事ですが、
私の記憶では1985年にBEEN発売記念ライブを渋谷ライブイン(今は閉館)で行った際に、娘が出来ましたとライブの途中物凄く照れながらステージ上で報告してAyumiという曲を演奏されたのを覚えています。
愛する娘の為に書かれた曲と認識しております。
コメントありがとうございます。
ゴールデン☆ベストに「Ayumi」は収録されていますね。
1985年ならば、D野さんの妹との間に生まれたのでしょうか?
貴重な情報を有難うございます!