ソフトボール日本代表のピッチャー、上野由岐子さん。
球が速すぎてキャッチャーが骨折したことがあります!
今回は、そんな上野さんを取り巻く『家族』の物語です。
◆生い立ち
上野由岐子さんは、福岡県福岡市南区の出身。
小学校3年生のとき、地元の『花畑ブルージェイズ』でソフトボールを始め、小学4年生で控え投手になり、5年でエースになりました。[2]
地元の福岡市立柏原(かしはら)中学校に進むと、より一層、存在感を増し、1997年夏の全国中学校大会で優勝。
高校は地元の強豪、九州女子高等学校(現・福岡大学附属若葉高等学校)に進学しました。
高校2年の夏、台湾で行われた世界ジュニア選手権で優勝。
シドニー五輪への初出場が叶うと思った矢先、体育の授業での走り高跳びで落下し、腰椎の横突起骨折という重傷を負ってしまいます。
医師には、
普通の生活も送れなくなるかもしれない
と言われていましたが、88日間の入院を経て、みごとに復活。
高校卒業後は、日本リーグトップの日立高崎(現在のビックカメラ高崎)に入団しています。
◆家族構成
上野由岐子さんの実家の家族構成は、父親、母親、上野さん、妹の4人家族です。
現在は独身なので、自身の家族はこれからです。
◆会社員の父親
上野由岐子さんの父親の名前は、上野正通(うえの・まさみち)さん。[3]
1955年頃の生まれになります。
会社員の正通さんは、
仕事より家庭が第一。子どもがやりたいことは何でもバックアップする
という考えの持ち主。
書道、ピアノ、水泳など、やりたいことを何でもやらせてくれ、協力を惜しみませんでした。
しかし、ただ優しいだけではなく、父親としての厳しさも持ち合わせています。
中学で全国制覇を成し遂げた時のこと。
決勝戦で、相手ピッチャーの球をなかなか打てないことに苛立った上野さんは、思わずヘルメットをグラウンドに投げつけました。
その姿を目の当たりにした正通さんは、試合中にもかかわらず、
道具に当たるとは何事か❗️
と一喝。
目が覚めた上野さんは、次の打席でホームランを放ち、チームを全国制覇へと導いたのでした。
◆看護師の母親
上野由岐子さんの母親の名前は、上野京都(うえの・みやこ)さん。
年齢は、お父さんより1歳年下になります。
母・京都さんの職業は、看護師さん。
しかし、子育てを最優先に考え、夜勤の多い常勤看護師を辞め、非常勤のパート看護師になりました。
お母さんも厳しい方で、打たれてダメな態度をとっていた上野さんに対し、
最後までちゃんとやりなさい❗️
と試合中にビンタされたこともありました。
その試合はビンタのおかげで逆転勝ちしました…
しかしお母さんは厳しいだけでなく、娘が頑張った時は、
由岐子よく頑張ったね
と褒めることも忘れません。
母に褒めてもらいたい…
この思いが、幼少期の上野さんの原動力となったのでした。
◆2歳年下の妹
上野由岐子さんには、2つ年下の妹がいます。
◆東京五輪後に結婚か?
上野由岐子さんは、現在のところ独身。
以前、ビーチバレーの石島雄介さんと噂がありましたが、特に進展はないようです。
以前のインタビューで、
もちろん結婚もしたい
と話した上野さん。
東京オリンピックの後に、おめでたいニュースが飛び込んでくるかもしれません。
◆まとめ
これまで見てきた通り、上野由岐子さんの活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。
これからも家族の応援を胸に、上野さんの挑戦は続いていきます(^o^)丿
◇脚注
- 公益財団法人日本ソフトボール協会 2021年6月16日確認 第11回アジア女子選手権大会 上野 由岐子 Yukiko Ueno 背番号17
- 週刊女性 2020年8月18・25日号 東京五輪のマウンドで恩返しを!ソフトボール絶対的エース・上野由岐子の挑戦
- 朝日新聞 2008年12月2日 天才の育て方 ソフトボール選手・上野由岐子のお母さん 上野京都(みやこ)さん:1 バレリーナになっていたかも
- テレ朝POST 2021年2月8日 レジェンド・上野由岐子を育てた秘話。試合中にビンタ…母の厳しさと魔法の誉め言葉
ソフトボール日本代表!
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