【エバデダン・ラリー】の家族~ナイジェリア人の父と日本人の母…兄の背中を追ってバレーの道へ

男子バレーボール日本代表として活躍する、エバデダン・ラリーさん。

195cmの長身と、最高到達点350cmという高い身体能力を生かした、速い攻撃とブロックが持ち味のミドルブロッカーです。

今回は、そんなエバデダン・ラリーさんを取り巻く『家族』の物語です。

名  前:エバデダン・ラリー・アイケー
英語表記:Larry IK Evbade-dan
生年月日:2000年〈平成12年〉8月18日
身  長:195cm
出身大学:筑波大学
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◆家系図・家族構成

エバデダン・ラリーさんの家族は、父親、母親、兄、本人の4人家族とされています。

父親はナイジェリア出身、母親は日本人です。

そして、兄の名前はエバデダン・ジェフリー・宇意(うい)さん。

1998年〈平成10年〉3月17日生まれなので、2歳(3学年)年上になります。

ジェフリーさんも現役のバレーボール選手で、ラリーさんと同じミドルブロッカーです。

身長185cmで、中京大学を卒業後、富士通カワサキレッドスピリッツに所属しています。

兄弟そろってバレーボール選手。

しかも、同じミドルブロッカーというのが、エバデダン家の大きな特徴です。

◆実家・生い立ち

エバデダン・ラリーさんは、岐阜県海津市で生まれ育ちました。

海津市は岐阜県の南西部に位置し、木曽川、長良川、揖斐川という大きな川に囲まれた地域です。

そんな町で、ナイジェリアにルーツを持つ父と、日本人の母のもとで成長しました。

父親はナイジェリアから日本へ移住し、長年、日本で暮らしてきました。

ラリーさんはインタビューなどで尊敬する人物として父親を挙げています。

日本という異国の地で生活の基盤を築き、家族を支えてきた父親の背中。

ラリーさんにとって、父親は単なる「家族」という存在を超えた、人生の手本だったのかもしれません。

一方、母親は日本人で、父親とともに子供たちを支えてきました。

両親については一般の方ということもあり、詳しい氏名や生年月日などは明らかになっていません。

◆兄・ジェフリーがバレー人生の入口

エバデダン・ラリーさんがバレーボールを始めたのは、小学4年生のときでした。

きっかけは、3歳年上の兄・ジェフリーさんです。

兄が先にバレーボールを始めており、ラリーさんもその後を追うように競技を始めました。

ただし、最初から

将来は日本代表になる

と決意していたわけではありません。

ラリーさん自身の言葉によれば、それ以前には野球をしていた時期もありました。

ところが、

本当は何もやりたくなかったんです

と、後のインタビューで笑って振り返っています。

周囲から

何か運動をやりなさい

と言われ、その中で兄がやっていたバレーボールを選んだ。

始まりは、意外にもそんな素朴なものでした。

ところが、ボールを追いかけるうちに才能が開花します。

特にラリーさんが夢中になったのが、スパイクでした。

「打つこと」の楽しさを知った少年は、いつしか本格的にバレーボールの世界へ入っていきます。

◆兄弟そろって同じポジション

兄・ジェフリーさんも、弟・ラリーさんと同じミドルブロッカーです。

兄は185cm、弟は195cm。

10cmの身長差はありますが、ネット際で攻撃とブロックを担う同じポジションを歩んできました。

ジェフリーさんは創造学園高校から中京大学へ進み、現在は富士通カワサキレッドスピリッツでプレー。

ラリーさんも兄と同じ創造学園高校へ進学し、その後は筑波大学へ進みました。

兄が先に進んだ道を、弟が追いかける。

幼い頃には、ただ「兄ちゃんの後をついていく」という感覚だったのかもしれません。

しかし、その道の先には、やがて日本代表という大舞台が待っていました。

◆兄から始まった物語が日本代表へ

高校時代、ラリーさんは創造学園高校の中心選手へと成長します。

春高バレーにも3年連続で出場し、高校時代から全国レベルでプレーしました。

その後、筑波大学へ進学。

2022年には大学在学中ながら日本代表に初選出されました。

その後は大阪ブルテオンの中心選手として活躍し、日本代表でも存在感を示しています。

2024-25シーズンには、SV.LEAGUE MENでベストミドルブロッカーを受賞。

兄を追いかけて始めたバレーボールが、いつしか日本を代表する舞台へとつながったのです。

◆エピローグ

「バレーボールを始めたい」。

そう自分から強く願ったわけではなかった少年がいました。

小学4年生。

3歳上の兄がやっている競技に、何となくついていったのが始まりでした。

けれど、ボールを打つ楽しさを知り、身長が伸び、才能が開花し、やがて全国の舞台へ。

そして、日本代表のユニフォームを着るまでになりました。

振り返れば、ラリーさんの物語のスタート地点には、いつも兄の姿があります。

その兄もまた、今なお現役のミドルブロッカーとしてコートに立っています。

兄が先に開けた扉を、弟がさらに大きく押し開いた。

そして今度は、弟の姿が、誰かにとっての新しい目標になっていくのでしょう。

ナイジェリアにルーツを持つ父と日本人の母のもと、地方都市で育った少年。

兄の背中を追って始めたバレーボールは、26歳となった今、日本代表という大きな舞台へつながっています。

「何となく始めた」物語の先にあったのは、世界と戦うミドルブロッカー。

エバデダン ラリーさんの挑戦は、まだここからです。

◇出典

  1. J SPORTS「エバデダン ラリー|選手一覧|男子日本代表」
  2. 月刊バレーボール「2026 エバデダン ラリー」
  3. 公益社団法人SVリーグ/一般社団法人ジャパンバレーボールリーグ「エバデダン ジェフリー・宇意」
  4. 富士通スポーツ「レッドスピリッツ 選手・スタッフ紹介」
  5. 集英社 Sportiva「男子バレー 大阪ブルテオンのエバデダン ラリーが初めて口にした決意」
  6. J SPORTS「エバデダン ラリー、パフォーマンスを伸ばすとともに、石川祐希のリクエストでヘアスタイルも伸ばす」

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