プロ野球選手として活躍する、山本祐大(やまもと・ゆうだい)さん。
今回は、そんな山本さんを取り巻く『家族』の物語です。

◆家族構成
山本祐大さんの実家の家族には、父親、母親、弟、妹がいます。
2023年12月19日には、6歳年上の一般女性と結婚しました。
野球を教えてくれた父親、活躍する姿を届けたい母親、同じ野球の道を歩む弟。そして、人生を共にする妻。
山本さんの野球人生には、家族とのつながりが深く刻まれています。
◆実家・生い立ち
山本祐大さんは、大阪府で生まれ育ちました。
野球を始めたのは8歳のとき。
父親によると、子供の頃の祐大さんは、グローブを着けたまま寝てしまうほど野球が好きだったそうです。
高校は、京都翔英高等学校へ進学。
高校3年生の夏には甲子園に出場しました。
しかし、高校時代は捕手ではなく、主に外野手としてプレーしていました。
高校卒業後は大学野球を目指したものの、進路を考え直し、いったん実家に戻ります。
その後、独立リーグの滋賀ユナイテッドBCに入団。
捕手としてプロ入りを目指す道を選びました。
2017年のドラフト会議では、横浜DeNAベイスターズから9位指名を受け、プロ野球選手となります。
2024年にはベストナインとゴールデングラブ賞を受賞。
守備力と打撃力を兼ね備えた捕手として、存在感を高めました。
そして2026年5月、交換トレードで福岡ソフトバンクホークスへ移籍。
新たな環境で挑戦を続けています。
◆父親・山本芳仁さん
山本祐大さんの父親の名前は、山本芳仁さんです。
芳仁さんは、串焼き店「串焼GAO」を営んでいます。
祐大さんが野球を始めたのは8歳の頃。
幼い頃から野球が大好きで、父親によると、グローブを着けたまま寝てしまうほどだったそうです。
しかし、高校卒業後の進路では、思いがけない転機が訪れました。
当初、祐大さんは県外の大学へ進学し、大学野球を続ける予定でした。
ところが、野球部の練習が始まってわずか数日後、実家に戻ってきます。
驚いた芳仁さんが理由を尋ねると、祐大さんは、

周囲の人たちが優しすぎる
と話したそうです。
大学の環境が悪かったわけではありません。
祐大さんが求めていたのは、プロ野球選手になるという目標に向かって、自分を厳しく追い込める環境だったのです。
その後、家族で話し合い、祐大さんは別の道を探すことになりました。
芳仁さんは当時の心境を、次のように語っています。
諦めつくまでやり切らせてあげるのが、親の仕事やと思ってましたんで。
実家に戻ってから、祐大さんは以前所属していたシニアチームのグラウンドや母校の高校で練習に励みました。
芳仁さんは、そんな息子を自分の仕事場にも連れて行きます。
自分の仕事を見せながら、やりたくないことにも向き合わなければならない現実を伝えたかったのです。
一方で、息子の進路を無理に決めることはしませんでした。
やりたいことをやって欲しかったんです。ただ、決めたならとことんやれ、野球やるんなら本気でやれと。
息子の意思を尊重しながら、覚悟を持って挑戦することを求める。
芳仁さんは、言葉だけでなく、自ら働く姿を通じても大切なことを伝えていたのでした。
やがて祐大さんは、独立リーグの滋賀ユナイテッドBCでプレーする機会を得ます。
ここで芳仁さんが勧めたのが、捕手として勝負することでした。
それまで主に外野手としてプレーしていた祐大さんですが、芳仁さんは、外野手としてドラフト指名を勝ち取るのは難しいと考えていたのです。
本人も捕手を希望していたことから、親子の考えは一致しました。
そして2017年、祐大さんは横浜DeNAベイスターズからドラフト9位指名を受け、プロ野球選手への道を切り開きます。
父親の助言と、息子自身の決断。
その両方があってこそのプロ入りでした。
プロ入り後も、芳仁さんは息子の成長を気にかけていました。
2023年の春季キャンプには、プロ入り6年目にして初めて現地へ足を運びます。
息子の将来を心配していた芳仁さんでしたが、そこで耳にしたのは、先輩選手たちからの期待の言葉でした。
祐大は大丈夫ですよ。今年絶対活躍しますよ
そう声をかけてもらえたことが、芳仁さんには何よりうれしかったそうです。
さらに、全体練習が終わった後も室内練習場で打撃練習を続ける祐大さんの姿を目にし、改めて息子の野球に対する真剣さを感じました。
芳仁さんが繰り返し口にしたのは、息子が良いチームに入れたことへの感謝でした。
親が整えた環境で挑戦を続け、やがて自分の力でプロの世界へ進んだ祐大さん。
その歩みを、父親は誰よりも近くで見守ってきたのです。
◆母親・博美さん
山本祐大さんの母親の名前は、博美さんです。
祐大さんがプロ野球選手として成長するまで、母親は大切な支えとなってきました。
2023年、祐大さんは、母親が試合中継を見て「元気が出た」と連絡をくれたことを明かしています。
自分のプレーが、母親の励みになる。
そのことをうれしく感じた祐大さんは、もっと頑張る姿を見せたいと語っていました。
母親の言葉を力に変え、野球に打ち込んできた祐大さん。
その思いは、地元・大阪での活躍にもつながっていきます。
◆弟・山本仁さん
山本祐大さんには、弟の山本仁(やまもと・じん)さんがいます。
仁さんは2001年〈平成13年〉8月8日生まれ。
兄と同じ京都翔英高等学校で野球に打ち込みました。
2025年には、独立リーグの茨城アストロプラネッツに外野手として所属。
右投左打で、力強い打撃を持ち味としています。
仁さんは兄について、家では優しいお兄ちゃんだと語る一方、野球選手としては負けたくない存在でもあると話しています。
兄はプロ野球の世界で活躍し、弟もまた、自分の可能性を試すために野球を続ける。
身近に目標となる選手がいることは、仁さんにとって大きな刺激になっているのでしょう。
◆妹
山本祐大さんには妹もいます。
2025年6月、祐大さんが京セラドーム大阪での試合に出場した際には、母親と妹が応援に訪れました。
地元・大阪でプレーする兄の姿を見守った妹。
試合後には、祐大さんのガッツポーズについて「ダサい」と冗談を言う場面もあったそうです。
プロ野球選手として活躍する兄にも、家族の前では気兼ねなく冗談を言い合える一面があるのですね。
◆妻との出会いと結婚
山本祐大さんは、2023年12月19日に婚姻届を提出しました。
お相手は、北海道出身の6歳年上の一般女性です。
2人は知人の紹介で知り合い、交際を始めました。
祐大さんは出会った頃の妻について「凄いしっかりしている人」という印象を持ったそうです。
その後、祐大さん自身が強く惹かれ、将来を真剣に考えるようになりました。
プロポーズの場所に選んだのは、横浜スタジアムでした。
2023年11月上旬、花束を用意した祐大さんは、憧れの本拠地で妻にサプライズのプロポーズをします。
返事は、もちろん快諾でした。
結婚について、祐大さんは、

もう一人ではない
という責任感が強くなったと語っています。
妻の支えも力に変えて、1年でも長くプロ野球選手としてプレーを続けたい。
こうして、2人は夫婦として新たな一歩を踏み出しました。
◆エピローグ
山本祐大さんの母親・博美さんは、2022年の冬にがんを患い、翌2023年1月に手術を受けました。
闘病を続ける母親は、祐大さんが思うように活躍できず、苦しんでいた時期にも、前向きになれる言葉を掛けてくれたといいます。
そんな母親に、今度は自分が元気を届けたい。
その思いを胸に、祐大さんはプロ野球の世界で努力を重ねてきました。
そして、2025年4月3日——。
京セラドーム大阪で行われた阪神戦に、両親が応援に駆け付けます。
試合は2対2で迎えた9回。
1死一、二塁の好機で、祐大さんは中堅手の頭上を越える決勝の2点三塁打を放ちました。
地元・大阪で、両親の目の前で決めた大仕事。
試合後、祐大さんは母親について、

一緒に闘っている。元気にさせたい
という思いを明かしました。
9回に放った決勝打は、チームに勝利をもたらしただけではありません。
母親の闘病を支える、特別な一打にもなったのです。
家族の応援を背に、これからも白球を追い続ける山本祐大さん。
その活躍が、母親にとって何よりの力になることを願わずにはいられません。
◇脚注・出典
- 文春オンライン 2023年10月20日「『祐大は今年絶対活躍しますよ』っていろんな先輩が言ってくれて…ベイスターズ・山本祐大の父が語ったチームと息子への思い」
- 日刊スポーツ 2023年12月14日「【DeNA】年俸倍増、山本祐大の飛躍理由『テレビに出てれば見せられる』元気な姿見せたい人は」
- スポニチアネックス 2023年12月22日「DeNA・山本祐大が結婚 『憧れの場所』ハマスタでプロポーズ お相手は6歳年上の一般女性」
- 茨城アストロプラネッツ公式サイト「外野手 山本 仁」
- 福岡ソフトバンクホークス公式サイト 2026年5月13日「山本祐大選手が入団『自分の力を試せる、ワクワクしています』」
- スポニチアネックス 2025年6月11日「DeNA・山本 地元で攻守に躍動『ここでヒーローになれてよかった』 観戦の母、妹の前で」
- 福岡ソフトバンクホークス公式サイト「39 山本 祐大 選手名鑑2026」
- サンケイスポーツ 2025年4月4日「DeNA・山本祐大、九回決勝打 闘病中の母が観戦来てくれた『いい姿を見せられたんじゃないかな』」



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