日本銀行の総裁をつとめる、黒田東彦さん。

財務省での異名はクロトンです!
今回は、そんな黒田さんを取り巻く『家族』の物語です。
生年月日:1944年〈昭和19年〉10月25日
出身地 :福岡県大牟田市
出身大学:東京大学法学部
家族構成:妻、息子2人
◆実家・生い立ち
黒田東彦さんは、福岡県大牟田市の出身。
幼少のときは父の転勤に伴い横浜や神戸を転々とし、小学校5年生の時に一家は東京・世田谷へ居を構えました。
小学校は、世田谷区立多聞小学校を卒業しています。[1]
中学・高校は、東京教育大学附属駒場中学校・高等学校へ通いました。
衆議院議長の細田博之(ほそだ・ひろゆき)さんや、国際協力銀行の近藤章(こんどう・あきら)総裁は、中学から大学までの同級生です。

意外にも、中・高時代の成績は、

中の上程度だった
という黒田さん。
その代わり、読書量がずば抜けていて、
黒田は高校時代に図書室の本を全部読んだ
と、同級生に噂されていました。
大学は、東京大学文科一類へ進学。
後に法学部へ進むと、勉学にいそしみ、在学中に司法試験に合格しました。
法学部の授業だけでは飽き足らず、経済学部や文学部の授業にも出席。
通常、「オール優」でも「優」の数は15~16ですが、黒田さんの「優」は20を超えています。
そして卒業が近づくと、卒業後の進路を食卓で家族へ相談するようになりました。
◆父親
黒田東彦さんの父親は、海上保安庁につとめていました。
一時期、学者への道を考えていた黒田さんに対し、父親はこう諭します。
頭がどんなに良くても、学界で上に行くには、ある程度「コネ」や「引き」がないといけない。うちの家系にそんな有力な名士はいないのだから、学者の世界で生き抜くのは難しいのではないか?
黒田さんは、

そうなのか…
と、うなだれました。
父がそんな息子に勧めたのが、自分と同じ国家公務員の道でした。
結果として黒田さんは、当時の大蔵省へ入省しています。
◆母親
黒田東彦さんは、在学中に司法試験に受かったため、裁判官を志したこともあります。
しかし、裁判官には母親が難色を示しました。
母親に、
人を裁くことができるのか?
と問われ、黒田さんは裁判官を断念したのでした。
◆兄弟
黒田東彦さんにはお姉さんがいて、名前は禹子(のぶこ)さん。
姉は幼少期の黒田さんのことを、
穏やかでおとなしい性格
と語っています。
黒田少年は運動は不得手で、姉の後を追って上った高い塀から落ちて、大けがをしたこともあったそうです。
◆妻・黒田久美子
黒田東彦さんの妻の名前は、黒田久美子さん。
妻の久美子さんは、電源開発の理事を務めた有馬駿二さんの長女に当たります。
妻・久美子さんは気さくな方で、三重在住時は近所の魚連に買い出しに行って、
この魚、安くなってたわよ!
と、教えてくれるような人です。
夫婦仲も良く、黒田さんと一緒に買い物に出かける姿が目撃されています。
◆2人の息子
黒田東彦さんには、2人の息子さんがいます。
週刊誌の報道によると、どちらかの息子さんには逮捕歴があるのだとか。[2]
1997年5月、東京・南青山の路上で黒田氏の息子は知人2名と停車中、警察官から職務質問と車内検分を受け、違法薬物・LSDの水溶液を染み込ませた紙が発見され、後日、逮捕された
その後はニュースを見ないので、息子さんは無事に立ち直られたのでしょう。
◆まとめ
これまで見てきた通り、黒田東彦さんの活躍の陰には、温かく支えてくれた『家族』の姿がありました。
これからも家族の応援を胸に、黒田さんの挑戦は続いていきます😊
◇脚注
- 週刊東洋経済 2017年2月18日号 黒田東彦 知将の誤算
- 週刊新潮 2013年3月7日号 「黒田東彦」日銀新総裁で子息の「LSD所持歴」まで出た人事暗闘
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