日野原重明の『家族』〜最愛の妻との間に息子が3人…母の病を機に医師の道へ

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◆妻・静子さん

日野原重明さんの父・善輔さんは、広島女学院の院長を定年でやめて、上京。

田園調布の教会で牧師を務めましたが、その教会の日曜学校で教えている女性がいました。

すると教会の役員が、

いいお嬢さんだから、どうですか?

と交際を勧めてくれます。

その女性は、性格がとても素直で、日野原さんと同じ神戸育ち。

いいお母さんになれそうだと思い結婚したのが、妻・静子さんでした。

◆息子が3人

日野原重明さんと静子さんの間には、3人の息子さんがいます。

長男の名前は日野原明夫さん、次男は日野原直明さん、三男は日野原知明さんです。

次男の妻である眞紀さんは、日野原さんが亡くなる7年前から同居し、講演会などにも同行しました。

亡くなる前には約半年間、介護を務め、家族の中で一番長く一緒に過ごしています。

◆三男は医師

三男の日野原知明さんは医師であり、慶應義塾大学医学部を卒業しています。

現在は米国在住で、米国セコイア病院のカテーテルラボラトリー主任。

カテーテル機器・材料の開発者としても有名だそうです。

◆まとめ

晩年、80歳を超えた妻・静子さんは、認知症を発症します。

記憶が著しく衰え、車椅子に無表情で座り、ただ日々生きている静子さん。

そんな妻の寿命が尽きる日を…家に帰ったときに手を握って

ただいま・・・

と言えなくなる日が来ることを、日野原さんは何よりも恐れていたといいます。

4,000人もの患者を看取ってきた100歳の現役医師でも、目の前に迫る妻の死を覚悟できなかったのです。

しかし、逆を言えば、それだけ静子さんは、日野原さんにとってかけがえのない存在でした。

今では、先に旅立った静子さんと、再び一緒に過ごされていることでしょう。

◇編集後記

105歳になった日野原重明さんが、死の直前まで語った言葉が本になっています。

人間は弱い。死ぬのは僕もこわいです

こう話しながらも、日野原さんが後世に伝えたかった言葉とは、一体何だったのでしょうか…?

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