東京ヤクルトスワローズの監督を務める、池山隆寛さん。

実は巨人ファンでした!
今回は、そんな池山さんを取り巻く『家族』の物語です。
生年月日:1965年〈昭和40年〉12月17日
血液型 :AB型
身 長 :183㎝
家族構成:父、母、妹、妻、長男、次男、長女
◆実家・生い立ち
池山隆寛さんは、兵庫県尼崎市の出身。
阪神タイガースの地元ですが、幼い頃は阪神でもヤクルトでもなく、読売ジャイアンツのファンでした。
長嶋茂雄(ながしま・しげお)さんや…

王貞治(おう・さだはる)さんに憧れていたからです。

小学校は地元の尼崎市立立花南小学校に通いました。
小学3年生のとき、軟式野球チーム『タイガー若松』に入り、野球を始めています。
中学校は地元の尼崎市立立花中学校に進学。
野球はリトルリーグの『尼崎北リーグ』で続けており、中学校在学中の1978年に全日本選手権大会で優勝を経験しました。
高校は尼崎市立尼崎高等学校に進学。
3年生夏の1983年には甲子園大会に出場し、2回戦で茨城東を破りましたが、3回戦で久留米商業に敗退しています。
同年11月のドラフト会議2巡目で、ヤクルト、巨人、近鉄の重複指名を受け、ヤクルトが指名権を獲得。
ヤクルトスワローズに入団し、プロ野球選手としての道を歩き始めました。
◆父親:義男さん
池山隆寛さんの父親の名前は、池山義男さんです。[1]
池山さんは、父・義男さんのことを

厳しく厳しく厳しくもあり優しい最高の父親
と表しており、厳しい方だったのでしょう。
そんな義男さんは池山さんに
誰かが見てくれているからまじめにやっておけよ
という言葉を残してくれました。
野球に対して真摯で、周囲の人たちへの気配りを欠かさない。
亡き父からの教えを、池山さんは今も体現しているのです。
◆母親:広子さん
池山隆寛さんの母親の名前は、広子さん。[2]
母・広子さんは、池山さんが現役時代に1人暮らしをしていた際は、食事面をサポートしてくれました。
白米が好きな息子に、炊きたてを用意するのがこだわりだったそうです。
日本シリーズでは、スタンドに駆けつけてくれました。
池山さんは、2020年に2軍監督としてヤクルトに復帰した際は、

ヤクルトに戻って来られたので、もう1度ユニホーム姿を見てほしかった。今、自分が野球をできていることを、一番喜んでくれていると思います
と母への思いを話しました。
広子さんは、2017年5月6日に77歳で他界されています。
◆妹:亜紀代さん
池山隆寛さんには妹がいて、名前は亜紀代さん。[3]
1969年〈昭和44年〉頃の生まれなので、池山さんより4歳年下になります。
神宮での本拠地開幕戦の前日となる2026年3月30日。
妹さんは池山さんに赤飯とタイを振る舞ってくれました。
赤飯とタイは、現役時代の開幕戦当日に、亡き母がつくってくれていたものでした。

おふくろが生きていたら同じようなことをしてくれたと思う
妹さんは、母・広子さんの跡を継いで池山さんを支えています。
◆妻は元モデル・ゆりかさん
池山隆寛さんの奥さまは、元モデルのゆりかさん。[4]
年齢は、池山さんより1歳年上になります。[3]
池山さんが現役引退する2年前。
池山さんが初めて「引退」を口にしたとき、ゆりかさんは
それでいいのですか?
と説得して現役続行の背中を押しました。
その後も死ぬ思いで努力する池山さんを支え続け、2年後の引退セレモニーには優しく夫を見守る姿がありました。
池山さんが前に進むときも、立ち止まる時も、横にはいつもゆりかさんの支えがあったのでした。
◆長男:颯人さん
池山隆寛さんの長男の名前は池山颯人(いけやま・はやと)さん。[3]
颯人さんは父と同じ野球の道を進み、浦和学院高では親子2代での甲子園出場を果たしました。
ポジションはピッチャーで、東京国際大でも投手を続けています。
◆次男:拳聖さん
池山隆寛さんの次男の名前は池山拳聖(いけやま・けんせい)さん。[3]

ボクサーのような名前ですね
その名前が影響したのか、最初は野球をやっていた拳聖さんですが、高校1年生で
野球を辞めてボクシングをやりたい
と打ち明けます。
それを聞いた池山さんは、

まず準備しなさい。走り込め
とアドバイスしたのだとか。
その後拳聖さんはプロゴルファーを目指しますが、現在はチャンネル登録者数33万人の「BOXING ch」を運営するユーチューバーとなっています。
◆長女:愛莉さん
池山隆寛さんの長女の名前は池山愛莉(いけやま・あいり)さん。[3]
長女・愛莉さんのエピソードはあまり語られませんが、一緒に温泉に行くなど、親子関係は良好のようです。
◆エピローグ
2002年10月17日の明治神宮球場———。
最終節の広島東洋カープ戦は、池山隆寛さんの引退試合となりました。
試合は延長10回、池山さんの豪快な三振で幕を閉じ、その後、引退セレモニーが行われます。
セレモニーで池山さんは、

今日までの野球人生、支えてくれた妻、ゆりか、颯人、拳聖、愛莉。本当にありがとう。
私の子供の頃からの夢だったプロ野球選手、野球をこんなに素晴らしいものにしてくれた父、池山義男、母、池山広子、私の夢、ありがとう。
と、家族の名前を一人一人呼び、感謝を口にしました。
「ブンブン丸」として豪快なプレーを見せた池山さんですが、その歩みを支え続けたのは、いつも家族の存在だったのでした。
家族の応援を胸に、池山さんの挑戦は、これからも続いていきます(^o^)丿
◇出典
- サンスポ 2026年3月28日 【番記者のちょっといい話】ヤクルト・池山監督、義理を欠かさず真摯な姿勢で…亡き父の教えで愛される男に
- 日刊スポーツ 2020年5月11日 ヤクルト池山2軍監督「試合で試したい」若手楽しみ
- 日刊スポーツ 2002年10月18日 ブンッブンッ丸、池山最後までフルスイング
- 週刊文春 2026年6月25日号 元モデル妻との間に3人の子ども、キッチンカーを経営する実業家の一面も…「イケジャマ」池山隆寛監督(60)の「ブンブン指導術」



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