浅野拓磨の【家族】~実家の両親と7人の兄弟たち…弟はサンフレッチェ浅野雄也

ブンデスリーガ・VfLボーフムに所属するサッカー選手、浅野拓磨さん。

ニックネームはジャガーです!

今回は、そんな浅野選手を育み、支えてくれた『家族』にスポットを当て、ご紹介します。 

名  前:浅野拓磨(あさの・たくま)
生年月日:1994年〈平成6年〉11月10日
身  長:173cm
血液型 :A型
家族構成:父親、母親、長兄、次兄、長弟、次弟、三弟、妹
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◆実家・生い立ち

浅野拓磨さんは、三重県三重郡菰野(こもの)町の出身。

小学校は地元の、菰野町立竹永(たけなが)小学校へ通いました。

サッカーはペルナSCに所属し、

試合に勝つことよりも技術の向上を重視する

という方針のもと、サッカーの基礎を学んでいます。

土日の遠征もありましたが、家庭の経済状態を考え、宿泊を避けて2日目だけ参加していたそうです。

中学校は、菰野町立八風(はっぷう)中学校へ進学。

中学では部活でプレーをしましたが、サッカーでは無名の中学校だったため、未経験者やそれに近い実力の選手たちがたくさんいました。

浅野さんはその中でもトップレベルで、県選抜にも選ばれており、チーム内の実力差は歴然としています。

しかし浅野さんは、未経験者の選手たちがミスをしても、文句を口にしたり、苛立つような態度を一切見せませんでした。

誰とでも仲良く、そしてフラットに接する姿に、チーム内の人望は厚かったといいます。

高校進学時は、

家庭の経済環境を考えた上でサッカーをしよう

と考えていましたが、中学のサッカー部の顧問や担任が両親を熱心に説得。

地元サッカーの名門・三重県立四日市中央工業高等学校へ進学することとなります。

1年生からAチームに所属した浅野さんは、3年連続で全国高校選手権に出場。

2年次は得点王になり、チームを準優勝へ導きました。

高校卒業の際には、複数クラブから獲得オファーが届き、サンフレッチェ広島でプロ生活をスタートさせています。

◆父親はトラック運転手

浅野拓磨選手のお父さんの名前は、浅野智之さん。[1]

お父さんの職業はトラックの運転手で、日夜走り回り、大家族を支えてくれました。

2015年12月2日は、父・智之さんの50歳の誕生日。

ちょうどこの日、Jリーグチャンピオンシップの決勝第1戦が行われましたが、浅野選手は絶好機を逃してしまいます。

しかし、3日後の第2戦では、値千金の同点ゴールを決め、お父さんに3日遅れの「誕生日プレゼント」を送ることができました。

ちなみにこのゲームでは「マン・オブ・ザ・マッチ」に選ばれ、賞金50万円を獲得。

賞金の使い道を問われた浅野選手は、こう答えました。 

実家の軽自動車がボロボロなので買ってあげたい 

と、答えていました。

◆母親の得意料理

浅野拓磨選手のお母さんの名前は、浅野都姉子(あさの・としこ)さん。[1]

年齢は、お父さんと同い年です。

大家族の浅野家は、経済的に楽ではありませんでしたが、お母さんはスーパーのパートで働きながら、兄弟を育てました。

サッカーに明け暮れる息子たちのために、朝、暗いうちから起きて、5つもの弁当を作って応援してくれました。

そんなお母さんの得意料理は「餃子」。

取材に訪れた松木安太郎(まつき・やすたろう)さんが、

足が早くなる餃子か(笑)お店が出せるほど!

と絶賛する味です。

祖父は力士です!
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そんなお母さんに、浅野選手も大変感謝しており、母の日には時計をプレゼントしています(*^_^*) 

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