【三原綱木】の家族~タレントのケイ・アンナとの間に3人の子供…80歳のステージを家族と共に

「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」のギタリストとして、昭和のグループ・サウンズ黄金時代を支えた三原綱木さん。

「ブルー・シャトウ」の大ヒットで一世を風靡した後も、バンドマスターや編曲家として長く音楽界で活躍しました。

ステージの上では華やかな三原さんですが、その人生をそばで支えてきたのが、妻と3人の子供たちです。

今回は、そんな三原さんを取り巻く「家族」の物語です。

名  前:三原綱木(みはら・つなき)
生年月日:1945年〈昭和20年〉11月3日
出身地 :新潟県東蒲原郡三川村
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◆家系図・家族構成

三原綱木さんは、妻のケイ・アンナさんとの間に3人の子供がいます。

長男が三原宏之(みはら・ひろゆき)さん、次男、長女の3人です。

長女はAYA(あや)さんとして音楽活動を行っており、長男の宏之さんもボーカル・ギターを担当しています。

次男については「伸之(のぶゆき)」という名前を伝える情報もありますが、信頼性の高い一次資料・大手メディアでは十分に確認できないため、本記事では詳細を断定しません。

◆妻はケイ・アンナ

三原綱木さんの妻は、タレント、司会者、レポーターなどとして活躍したケイ・アンナさん。

本名は三原加代子(みはら・かよこ)さんです。

1950年〈昭和25年〉3月15日生まれで、東京都出身とされています。

ケイ・アンナさんは1968年にスカウトされてモデルとして芸能界入り。

その後、コーセー化粧品の専属モデルやCM出演などを経て、タレント、司会、レポーターとして幅広く活動しました。

三原さんとは1979年に結婚。

2025年10月に放送された『徹子の部屋』では、結婚46年を迎えた夫婦として出演しています。

長い結婚生活の中で、夫婦はさまざまな時間を乗り越えてきました。

そして晩年、三原さんを苦しめた病気との闘いでも、ケイ・アンナさんは大きな支えとなりました。

◆闘病生活を支えた妻

晩年の三原綱木さんは、失明や足の指の切断など、幾度も病気に見舞われています。

2023年には脳梗塞を発症。

夜中にトイレで倒れて救急搬送されましたが、妻のケイ・アンナさんの素早い対応もあり、幸い大きな後遺症を残さず回復しました。

2025年の『徹子の部屋』では、病気を乗り越えて再びギターを弾く三原さんの姿が紹介されています。

そして三原さんは、妻への感謝を込めてギターを演奏し、歌を贈りました。

長い人生をともに歩いてきた妻へ、音楽で「ありがとう」を伝える。

それは、三原さんらしい愛情表現だったのかもしれません。

◆長男・三原宏之

三原綱木さんの長男は、三原宏之(みはら・ひろゆき)さんです。

宏之さんも音楽活動を行っており、2025年11月の「三原綱木 80歳Birthday Live」では、ボーカル・ギターとして出演しました。

父親は、日本のグループ・サウンズを代表するギタリスト。

その父の背中を見ながら育った宏之さんも、やがて自らギターを手にステージへ立つようになります。

親子が同じステージに立ち、同じ音楽を奏でる。

三原さんにとって、これほど嬉しいことはなかったのではないでしょうか。

「ギタリスト・三原綱木」という名前だけでは見えてこない、父親としての幸せが、そこにはあったように思えます。

◆長女・AYA

三原綱木さんの長女は、AYA(あや)さんです。

AYAさんも音楽活動を行っており、「三原綱木 80歳Birthday Live」では、父・綱木さん、母・ケイ・アンナさん、兄・宏之さんらとともにステージに立ちました。

なお、一部の情報では「綵(あや)」という漢字表記も見られますが、今回確認できたライブの公式情報では「AYA」と表記されています。

そのため、本記事では本人の活動名に合わせて「AYA」と記載します。

家族が同じステージに並ぶ姿は、まさに「三原ファミリー」と呼ぶにふさわしいものでした。

◆前妻は歌手・田代みどり

三原綱木さんは、ケイ・アンナさんと結婚する前に、歌手の田代みどり(たしろ・みどり)さんと結婚していました。

2人は夫婦デュオ「つなき&みどり」を結成し、1970年代に活動。

代表曲となったのが「愛の挽歌」です。

音楽配信サービスのプロフィールでも、三原さんと田代さんが夫婦デュオとして活動し、「愛の挽歌」がヒットしたことが紹介されています。

しかし、2人はその後離婚。

三原さんはケイ・アンナさんと再婚し、新たな家庭を築いていきました。

なお、田代みどりさんとの間に子供がいたかについては、信頼できる資料で十分に確認できないため、本記事では断定しません。

◆兄・三原松助

三原綱木さんには、三原松助(みはら・しょうすけ)さんという兄がいます。

松助さんは、テレビ番組『ザ・ベストテン』の美術を担当した人物として知られています。

弟が音楽を通してテレビの世界で活躍する一方、兄もまたテレビ番組の制作現場を支える仕事に携わっていました。

兄弟それぞれの形で、昭和のテレビ・音楽文化を支えたことになります。

◆孫たちへ受け継がれるもの

三原さん夫妻には、孫もいます。

2025年の『徹子の部屋』では、家族の音楽についても語られ、長男が娘たちにピアノを教えていることなどが紹介されました。

祖父がギター。

父もギター。

そして孫の世代にはピアノ。

三原家では、音楽が特別な「仕事」ではなく、家族の日常の中に存在していたのでしょう。

三原さんが長い年月をかけて奏でてきた音は、ステージを離れても、家族の中で形を変えながら続いていきます。

◆エピローグ

三原綱木さんがギターを手にしたのは、小学生の頃でした。

そこから始まった音楽人生は、やがて「ブルー・シャトウ」という大ヒット曲を生み、日本を代表するギタリストへと三原さんを押し上げます。

しかし、人生の最後に残った光景を考えると、華やかなステージだけが三原さんの人生だったわけではないことが分かります。

そばには妻がいました。

子供たちがいました。

そして、更にその子供たちも音楽を奏でていました。

2025年11月、80歳の誕生日を記念するステージには、三原さんだけではなく、妻のケイ・アンナさん、長男・宏之さん、長女・AYAさんも立ちました。

若き日の三原さんが一人で抱えていたギター。

それは長い年月を経て、家族みんなをつなぐ一本の糸になっていたのかもしれません。

2026年9月11日——。

三原綱木さんさんは80歳で旅立ちました。

昭和の音楽史に刻まれた「ブルー・シャトウ」のギター。

その音色は、もう新しく生まれることはありません。

けれど、三原さんが愛した音楽を奏でる家族は残っています。

妻と子供たち、そして次の世代へ。

三原綱木さんが人生をかけて奏でた音楽は、家族という新しいステージで、これからも静かに鳴り続けていくのでしょう。

◇出典

  1. ORICON NEWS「三原綱木のプロフィール」
  2. テレビ朝日『徹子の部屋』2025年10月28日放送
  3. TELASA『徹子の部屋 三原綱木・ケイ・アンナ』
  4. G・ステージ「Artist Profile ケイ・アンナ」
  5. 三原綱木 80歳Birthday Live 公式配信ページ
  6. LivePocket「三原綱木 芸能生活65周年記念&80歳誕生日記念コンサート」
  7. 日本ヱンカフォンレコード「三原綱木」プロフィール
  8. dミュージック「つなき&みどり」プロフィール
  9. テレビ朝日系報道「三原綱木さん死去」
  10. Wikipedia「三原綱木」「ケイ・アンナ」

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