つんく♂の『家族』~娘の画像?子供の学校?嫁・出光加奈子の実家?

喉頭がんのため、声帯を摘出して声を失ったつんく♂さんの活動が注目を集めています。

今回は、そんなつんく♂さんを支えてきた「家族」にスポットを当てて、ご紹介したいと思います。

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◆娘の画像?

つんく♂さんには、双子の長男・長女と、さらに3歳下の次女と、3人のお子さんがいらしゃいます。

大変子煩悩で、3人の子供を溺愛しており、いつもギター片手に童謡を一緒に歌ったりしているそうです。

つんく♂さんは、Eテレ『みいつけた!』などの子供向け楽曲も数多く手がけていますが、これも子供たちを喜ばせたいという気持ちからです。

ブログも、つい子供の様子ばかり書いてしまう、いいお父さんなのでした。

そんなつんく♂さんは、2015年6月、あるミュージックビデオを、YouTubeにアップします。

ダンスビートにチープな電子音が重なり、リズムに合わせて体を揺らしながら、全編英語の歌詞を歌い上げる少女。

この少女こそ、つんく♂さんの長女、「Hotzmic」こと「みつほ」さん(6歳)だったのです。

それでは、みつほさんの画像をご紹介します。

150912_つんく♂娘の画像

やはり、お父さんに似ていますね!

音楽のセンスといい、将来、歌手になるのは間違いなさそうです。

◆子供の学校は?

つんく♂さんの双子の長男・長女は、2008年4月生まれなので、小学校に行っている年齢です。

どこの学校に通わせているのか、調べてみると、2人ともインターナショナルスクールのようです。

前述のみつほさんは、全編英語の歌詞を歌い上げたうえ、同時公開されたインタビュー映像にも、全て英語で受け答えしていました。

この事からも、インターナショナルスクールに通っている事が裏付けられていますね。

《この方もインターナショナルスクール出身です》
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◆嫁は出光加奈子さん

つんく♂さんのお嫁さんは、元モデルの出光加奈子さん。

1980年11月30日生まれで、現在34歳ですから、つんく♂さんより12歳年下になります。

2人の馴れ初めは、博多のローカル番組でタレントをしていた加奈子さんを、つんく♂さんが偶然見つけ、

この子と見合いがしたい!

と友人に頼み込んだことです。

ちなみに、この友人とは博多華丸さんだそうです(笑)

その後、交際が実り、2人は結婚しましたが、つんく♂さんは結婚当初、

女は家を守るべき!

と亭主関白を気取っていました。

結婚したからといって、いきなり「妻第一」となるのはバンドマンとしてもかっこ悪く、ロックじゃないと思っていたのです。

しかし、最初の子供が双子で、二人同時の世話が必要となり、つんく♂さんも子育てを手伝うようになってからは、考え方が変わってきました。

そして、次女が生まれ、家族で幸福に過ごしていたとき、つんく♂さんに病魔が襲います。

喉頭がんを宣告されたとき、つんく♂さんは心と頭の余裕がなくなり、医師の説明は、まるで頭に入って来ませんでした。

◆実家は出光興産?

しかし、加奈子さんにはスイッチが入ります。

猛然とがんについて勉強を始め、寝る間も惜しんで本やインターネットで治療法や病院について調べ始めます。

それまでは、行きたいレストランに電話するのも躊躇するほどシャイだったのに、専門医の紹介を得るために、知り合いやそのまた知り合いにまで電話を掛けまくります。

つんく♂さんは声を失えど、納得できる治療を選べたのは、加奈子さんのおかげなのでした。

《この方も癌と闘いました》
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ところで、つんく♂さんのお嫁さんである、出光加奈子さんの実家は、あの「出光興産」なのではないか?という噂があります。

確かに、出光興産は福岡県北九州市門司の発祥であり、創業者の故・出光佐三氏は、加奈子さんと同じく福岡県宗像市の出身です。

しかし、宗像には「出光」という名字は割と多いのだそう。

加奈子さんの実家が出光興産という根拠はありませんが、もしかしたら遠い親戚なのかもしれませんね。

◆まとめ

つんく♂さんは、気管切開の手術を受ける直前、最後に家族一人ひとりに自分の声で伝えました。

長男には、

お母さんの言うことをよく聞きなさい。この家で唯一の男の子なんだから、お母さんのことを助けなきゃダメだよ

双子の長女には、

素敵な声をしてるんだから、歌の練習をもっとしようね。お父さんの分も歌うって前にいってたもんね

次女には、

お姉ちゃんを見倣って、お勉強もがんばるんだよ。大好きだよ

最後に奥さんには、メッセージではなく、色んな口調で名前を何度も呼びました。

これからも、何万回となく呼べるものだと思っていた妻の名前を、何度も何度も呼びました…

そして、こう決意したそうです。

僕は妻を愛している。子供たちを愛している。だから、生きる。

《がんと闘う人たち》

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