絶対に日本代表を褒めない(笑)解説者として有名なセルジオ越後さん。
実は元プロサッカー選手というのは知っていましたか?
しかも、ブラジルサッカーが世界を席巻していた時代の最強チームである「コリンチャンスFC」の出身なんです。
コリンチャンスは近年、FIFAクラブワールドカップで優勝したこともありますね。
今回はサッカー解説者でもあり、日本を愛するブラジル人、セルジオ越後さんの家族について解説していきます。
【本人プロフィール】
名前:セルジオ越後(せるじお・えちご)
生年月日:1945年7月28日(72歳)※2018年6月
出身地:ブラジル、サンパウロ
身長/体重:173cm/68Kg
現役時代所属チーム:
コリンチャンス(ブラジル1部1964-1965)
→トレス・ポンターノ(ブラジル1部1967-1968)
→ブラガンチーノ(ブラジル1部1971)
→パウリスタ(ブラジル1部1971)
→藤和不動産サッカー部※現在のJ1湘南ベルマーレ(JSL※Jリーグの前々身1972-1974)
◆家族構成
セルジオ越後さんの小さい頃の家族は、両親と4人の兄達がいました。
現在は夫人と娘さんがいるようです。
夫人の情報はあまりありませんので、今回は、セルジオさんの両親と娘さんを中心にご紹介します。
◆セルジオ越後のプレースタイル
セルジオ越後さんはブラジル出身ということもあり、かなりのテクニシャンとして有名でした。
現在、世界一のサッカープレイヤーであるクリスティアーノ・ロナウド選手が得意としているスキルに「シザーズフェイント」という技があるのをご存知でしょうか?
セルジオ越後さんは、この技を編み出した人として世界でも有名な存在なんです。
セルジオ越後さんのプレースタイルは、俊足とテクニックを生かしたプレーです。
今でいうとブラジル代表のエース、ネイマール選手のようなスタイルでしょうか。
日本では香川真司選手や、乾貴士選手が近いかも知れません。
◆父親と母親の国籍は?
セルジオ越後さんのお父さんは、越後憙顕(えちご・よしあき)さんと言います。
1896年に兵庫県で生まれました。
その後単身ブラジルに渡り、日本から移住していた日本人女性と結婚します。
ということは、セルジオ越後さんはハーフではなく、日系人なんですね。
終戦の1945年7月、両親の5人目の子供として、セルジオ越後さんが誕生しました。
お父さんの職業は、貿易関連やサンパウロ銀行で銀行員の仕事をしていました。
しかし戦争でアメリカに負けたということもあり、商売ではかなり苦労されたとか。
セルジオさんは、
“家族を養うために必死で働いていた父親の背中はいつまでたっても忘れられない”
と語っていました。
セルジオ越後さんの思い出の中には、いつも必死に頑張っているお父さんがいるのでしょうね。
それが、ハングリー精神の源となって、日系ブラジル人として初のプロサッカー契約を結ぶことにつながりました。
父は偉大なりという言葉がぴったりですね。
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