◆俳優のきっかけは母
三浦春馬さんが俳優になったきっかけは、お母さんが大きく関係しています。
三浦さんが4歳の時、兄弟もいなかったため、
早く友達ができるように
と、お母さんが地元の児童劇団『アクターズスタジオつくば校』に通わせたのです。
三浦さんはすぐに頭角を表し、天才子役と言われるまでに成長しました。
母・真弓さんは、子役の頃から仕事の現場にはあまり顔を出さず、演技などについて口も出さなかったそうです。
ただ、春馬さんが落ち込んでいる時には、
大丈夫だよ
と言って、静かに支えてくれる…そんなお母さんでした。
◆母親からの自立
三浦春馬さんは高校進学を機に、本気で演技の道に進むことを決意します。
しかし、
実家を離れ、寮のある都内の堀越高等学校へ進学したい
と告げると、お母さんは反対しました。
東京ならば実家のある茨城からでも通えます。
何より素直に寂しかったのだと思います
しかし、最終的には息子の決断を認め、料理のレシピを携えて送り出してくれたのでした。
◆引退を踏みとどまらせた母
三浦春馬さんは19歳の時、役者をやめようとしたことがあります。
当時は、
日本テレビ『サムライ・ハイスクール』
TBS『ブラッディ・マンデイ シーズン2』
と、2クール連続の主演を務め、多忙を極めていました。
人気絶頂の一方、セリフを覚えることもままならず、精神的にも追い詰められた三浦さん。
実家のある茨城に戻り、農業の道に進むことを真剣に考えていました。
そして、俳優をやめたいという思いを真っ先にぶつけたのは、母・真弓さんに対してでした。
真弓さんは、役者をやめるべきではない理由を具体的に挙げながら、強く引き留めたといいます。
かくして三浦さんは踏みとどまり、以降の活躍に繋がっていくのでした。
三浦さんにとって母親の存在がいかに大きかったのかを物語るエピソードですね
三浦さんは後に、都内の高級マンションをお母さんにプレゼントしています。
◆母親との確執
三浦春馬さんは後年、母親と確執があったと言われています。[3]
携帯電話の番号も変えて、お母さんから連絡がとれないようにしていたのだとか。
確執の理由については、
- 母からたびたび無心されていた
- 仕事や恋愛の問題で衝突した
などと報じられています。
春馬さんと母親との間に確執があったことは、春馬さんの実父も認めています。
◆実父との再会
三浦春馬さんの実の父親は、長い間、春馬さんと会うことはありませんでした。
でも、春馬さんの作品はほとんど録画して保存していたそうです
2018年ごろ、実父は心臓を悪くして手術をすることになりました。
最後になるかもしれないから春馬に会いたい
との願いは母親に伝わり、春馬さんは病院に見舞いに来てくれました。
息子との再会が功を奏したのでしょう、手術も成功。
これを機に実父と春馬さんは、食事に行くことが増えたそうです。
⇒ページ後方に追記あり
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