「ご当地ソングの女王」と呼ばれ、全国各地の風景や人々の思いを歌い続けている、水森かおりさん。

実は大の名探偵コナンマニアです!
今回は、そんな水森かおりさんを取り巻く『家族』の物語です。
本 名:大出弓紀子(おおで・ゆきこ)
生年月日:1973年〈昭和48年〉8月31日
血 液 型:B型
身 長:153cm
◆家系図・家族構成

水森かおりさんの家族は、父親、母親、姉、水森さんの4人家族です。
自身は独身で結婚歴もありません。
◆実家・生い立ち
水森さんは東京都北区で生まれ育ちました。
実家は自動車工場を営んでおり、父親は仕事を終えると、近所のスナックへ出かけていたそうです。
水森さんも姉と一緒に連れて行かれ、そこで歌っていました。
まだ漢字が読めない幼い水森さんに、母親が歌詞を耳元で教え、それを聞きながら歌ったことも、本人が振り返っています。
4~5歳の少女が、大人たちの集まるスナックで演歌を歌う。
歌の道へ進むことなど、まだ考えていなかった少女にとって、それは家族との日常の一コマでした。
しかし、その日常こそが、後の水森かおりを形作る大切な時間になっていきます。
◆父親・大出勝也さん
水森かおりさんの父親は、大出勝也(おおで・かつや)さんです。
勝也さんは自動車工場で働き、家業を支えていました。
工場は勝也さんの父・福太郎さんの時代からあり、勝也さんも定時制高校に通いながら父親を手伝ってきました。
そんな勝也さんには、歌手になりたいという思いがあったといいます。
しかし、傾いた家業を再建するため、その夢を胸にしまい、仕事に力を注ぎました。
そんな父のもとで育った娘が、歌を歌い始めます。
水森さんの幼い頃の歌声は、勝也さんに、かつて諦めかけた歌手への夢を思い出させたのかもしれません。
◆父が娘の歌を教えた
水森さんが幼い頃、歌の先生になったのは父でした。
本人のインタビューによると、オーディションで歌う曲を探してきたのは母親。
母が新曲のカセットを買ってくると、それを家で聴き、
今度、これをオーディションで歌おう
と決めます。
そして、父が、
ここは、こう歌え
と歌い方を教えてくれました。
ただし、父自身も専門的なレッスンを受けたわけではありません。
いわば独学で歌を学んだ父が、娘の歌を教えていたのです。
母が「歌う曲」を見つけ、父が「歌い方」を教える。
そして幼い娘が、その歌を人前で歌う。
水森家では、そんな歌の時間が日常になっていました。
◆娘を支えた父の言葉
水森さんがプロ歌手を目指すようになったのは、大学生になってからでした。
幼い頃から数々ののど自慢番組に出演していましたが、本人は当時、特に「歌手になりたい」と思っていたわけではなかったと語っています。
それでも、歌うことは大好きでした。
そして1995年、「おしろい花」でプロ歌手としてデビュー。
ところが、すぐに成功したわけではありません。
ヒットに恵まれない時期が続きました。
そんな娘を支えた父が伝えた言葉があります。
どんなときでも100%の力で歌え
この言葉は、水森さんの歌手人生を支える大切な教えとなりました。
◆「鳥取砂丘」で父娘の夢が動き出す
デビューから8年。
2003年に発売された「鳥取砂丘」が大ヒットします。
同曲は約1年間のロングヒットとなり、水森さんは第54回NHK紅白歌合戦に初出場。
ここから、「ご当地ソングの女王」と呼ばれる現在につながる道が開かれていきました。
歌手になる夢を持ちながら、家業を支える道を選んだ父。
その父から歌を教わり、全国の土地を歌うようになった娘。
父が若い頃に胸にしまった歌への思いは、形を変えながら娘の人生に重なっていったのかもしれません。
◆母親・大出千代子さん
水森かおりさんの母親は、大出千代子(おおで・ちよこ)さんです。
1938年〈昭和13年〉生まれです。
千代子さんは活発で明るい女性で、父・勝也さんが一目惚れしたことが2人の出会いでした。
また、千代子さんも歌が好きで、趣味はカラオケ教室。
しかも、そのカラオケ教室の先生を務めているのは、水森さんの姉・久美子さんです。
幼い水森さんがテレビののど自慢番組に出場するようになったのも、母親が応募したことがきっかけだったそうです。
母も歌を愛し、娘も歌を愛する。
水森家では、世代をまたいで歌が受け継がれています。
◆姉・大出久美子さん
水森かおりさんの姉は、大出久美子(おおで・くみこ)さんです。
水森さんより7歳年上で、幼い頃から妹とともに歌を歌っていました。
水森さんによれば、姉もテレビの「ちびっ子のど自慢」などに出演していたそうです。
ただ、姉は妹より先にプロの歌手になる道を考えていました。
歌ネットのインタビューでは、水森さんのデビューを聞いた弦哲也(げん・てつや)さんが、
お姉ちゃんだと思っていたら、まさかの妹だった
と話したというエピソードも紹介されています。
姉の歌を以前から知っていた弦哲也さんは、姉を歌手にしたいと思っていたそうです。
姉・久美子さんは現在、地元・東京都北区を中心に歌に関わる活動を続けています。
2019年の北マルシェでは、「ハウオリカラオケサークル」の主催者として紹介され、100人を超える生徒とともに演歌や歌謡曲を楽しんでいることが紹介されました。
また、幼少期には姉妹そろって「歌うま姉妹」として地元で親しまれていたといいます。
2025年には、BSテレ東の水森さんデビュー30周年番組にも出演。
番組ではナレーターも務めています。
妹が全国のステージで歌う一方、姉は地元で歌を教え、歌を楽しむ人たちを支えています。
歩く場所は違っても、姉妹の人生には、いつも「歌」があります。
◆エピローグ
「鳥取砂丘」「釧路湿原」「五能線」「熊野古道」——。
水森さんが全国各地を歌うようになってからも、父・勝也さんは娘の活動を見守っていました。
そして晩年の勝也さんは、娘の「ご当地ソング巡り」を楽しみにしていたといいます。
2020年、勝也さんは84歳で亡くなりました。
父の死から年月が流れても、水森さんは歌い続けています。
父、母、姉…家族みんなの思いを胸に携えながら——。
◇出典
- 徳間ジャパンコミュニケーションズ「プロフィール/水森かおり」
→ 生年月日、出身地、血液型、デビュー、「鳥取砂丘」、紅白初出場など。 - 歌ネット「いろいろわかる… 水森かおり ロングインタビュー!」
→ 姉との関係、家族全員が歌好きだったこと、幼少期ののど自慢、母が曲を探し父が歌を教えたことなど。 - NHK「ファミリーヒストリー 水森かおり~父の教えと秘められた真実~」
→ 父・大出勝也さん、母・大出千代子さん、父の歌手への思い、家業、父の教え、晩年の父の様子など。番組内容は「TVでた蔵」に掲載された放送記録を参照。 - MANTANWEB「水森かおり:亡き父の教え、その言葉に秘められた家族の歴史」
→ NHK「ファミリーヒストリー」の内容、父の「いつも100パーセントの全力で歌に向き合え」という教えなど。 - 水森かおりオフィシャルブログ「水森かおり、本日わたくし誕生日☆」
→ 家族で誕生日を過ごしたこと、父への思い、母への感謝など。 - 北マルシェ「11月16日(土)17日(日)@飛鳥山公園 パフォーマンス出演者のご紹介」
→ 姉・大出久美子さんの名前、妹との関係、カラオケサークル、地域での活動など。 - BSテレ東「水森かおり祝30周年!思い出めぐり~うた散歩」
→ 姉・大出久美子さんの出演、ナレーターとしての参加など。 - MANTANWEB「水森かおり:ヒットが出るまでの『7年間は長かった』」
→ 自動車工場の実家、父・姉とスナックへ行って歌った幼少期のエピソード。



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