高倉健の【家族】〜離婚した妻・江利チエミ、鎌倉に眠る子供、17年寄り添った養女・小田貴月

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◆海軍出身の父

高倉健さんの父親の名前は、小田敏郎さん。[2]

父・敏郎さんは旧日本海軍の出身で、宝珠山炭坑の労務係として炭坑労働者を束ねる仕事をしていました。

父・敏郎さんの訃報が届いた時、健さんは1976年公開の映画『君よ憤怒の河を渉れ』の撮影中でした。

急いで飛行機で帰ろうとしますが、全日空のストライキの影響で飛行機が飛びません。

やむなく健さんは、急行電車で7時間かけて京都から九州に向かい、神社で行われた葬儀に間に合ったのでした。

◆元教員の母

高倉健さんの母親の名前は、タカノさん。[3]

母・タカノさんは元々、教員でした。

母・タカノさんが亡くなったとき、健さんは1989年公開の映画『あ・うん』の撮影中でした。

最愛の母の葬儀に出れず、健さんは歯を食いしばって撮影を続けたそうです。

2013年、健さんは文化勲章を受章します。

このとき、母・タカノさんの口癖「辛坊ばい」を会見で語り、母親への深い思いを表しています。

◆4人兄弟の3番目

高倉健さんは、4人兄弟の第3子に当たります。

  1. 長男・昭二さん [1]
  2. 長女・黎子さん [1]
  3. 次男・剛一さん(高倉健さん)
  4. 次女・敏子さん [1]

妹に当たる森敏子さんは、健さんより4歳年下で、可愛がられて育ちました。

俳句を趣味としており、俳句の大会で優秀な成績を収めると、生前の健さんからバラの花が届きました。

離れて暮らしていた健さんに関する句は詠んでいませんでしたが、没後、

兄を後世に伝えたい

と、高倉さんの句を詠みはじめます。

そんな思いを集めたのが、2021年に出版された句集「飛花落花(ひからつか)」。

<山々の桜吹雪の哭(な)いてをり>

など、優しかった兄への思いを込めた120句が並んでいます。

(句集「飛花落花」↓)

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